就業規則の退職・解雇・懲戒の規定|制裁規定の書き方と注意点
就業規則をひな形から作るとき、いちばん手が止まりやすいのが「退職」「解雇」「懲戒(制裁)」の章です。ここは社員が辞めるときや、問題が起きたときに実際に持ち出される条文で、書き方が甘いと、いざというときに使えなかったり、労使のトラブルを大きくしたりします。この記事では、退職の申し出期間をどう書くか、就業規則より早く辞めた社員に損害賠償を求められるのか、解雇事由と懲戒の規定をどう組み立てるかを、判断の順番に沿って整理します。
この記事の結論
- 就業規則には、退職に関する事項(解雇の事由を含む)を記載することが法令上求められており、退職手続き・解雇事由・懲戒の規定は最初に整えておきたい部分です。
- 「退職は2か月前に申し出ること」と就業規則に書いても、期間の定めのない雇用では民法上、原則として申し出から2週間で契約が終了すると考えられており、規則だけで引き止めることは難しいとされています。
- 懲戒(制裁)は、種類と事由をあらかじめ就業規則に定めて周知していることが前提とされ、減給の上限など法令の制限もあるため、運用前に社会保険労務士など専門家の確認をおすすめします。
就業規則の「退職・解雇・懲戒」はどこまで書く必要がある?
就業規則には、記載が必要とされる事項と、制度を設けるなら記載する事項があります。退職に関する事項(解雇の事由を含む)は前者にあたり、退職の手続きや解雇の事由を書かないままでは、規則として形が整いません。一方、懲戒(制裁)は「制度を設ける場合に記載する」グループで、書いていなければ原則として懲戒処分を行いにくい、という関係になります。
つまり、退職と解雇は「書かないという選択肢がない」部分、懲戒は「使うつもりなら書いておく」部分です。ひな形をそのまま使うと、自社にない役職名や制度が残っていたり、逆に自社で実際に起こりそうな場面が抜けていたりします。条文を上から読み直し、自社の働き方に合わない語句を差し替えるところから始めてください。
構成としては、①退職(自己都合・定年・契約期間満了・休職期間満了など)、②解雇(普通解雇の事由、解雇予告、解雇制限)、③懲戒(種類・事由・手続き)の順に並べると読みやすくなります。章を分けておくと、後から条文を追加するときも整理しやすくなります。
「退職は二ヶ月前に申し出ること」と書いてよい?
実務では「退職を希望する場合は2か月前までに書面で申し出ること」といった条文をよく見かけます。引き継ぎや採用の都合を考えれば自然な発想ですが、期間の定めのない雇用契約では、民法上、労働者からの解約の申し入れは原則として申し入れから2週間で効力が生じると考えられています。就業規則で長い予告期間を定めても、それだけで退職を止められるわけではない、という理解が一般的です。
では書く意味がないかというと、そうではありません。「原則として◯か月前までに申し出るよう努める」「引き継ぎに必要な期間を協議する」という趣旨で定めておけば、社内の運用ルールとして機能します。多くの会社では、1か月前程度を目安にしつつ、退職届の提出先(直属の上司か人事か)、貸与品の返却、業務引き継ぎ、健康保険証の取り扱いまでを一連の手続きとして条文化しています。
年俸制や完全月給制など、賃金の決め方によって民法上の取り扱いが異なると説明されることもあります。自社の賃金体系で予告期間をどう書くべきか迷う場合は、条文を作る前に社会保険労務士に確認しておくと安全です。
就業規則より早く退職した社員に損害賠償を請求できる?
「2か月前と決めていたのに、明日から来ないと言われた」という相談は少なくありません。ここでまず押さえたいのは、労働基準法が、労働契約の不履行について違約金や損害賠償の額をあらかじめ定めることを禁じている点です。「規則に違反して早期退職した場合は◯円を支払う」といった条文は、その趣旨に反すると判断される可能性が高く、置かないほうがよい規定です。
実際に損害が出た場合に、個別の事情に応じて賠償を請求すること自体が常に否定されるわけではありません。ただし、突然の退職と損害との因果関係や、会社側が代替要員を手配できたかなど、立証のハードルは高いとされています。感情的に請求に踏み切る前に、弁護士に見通しを相談したほうが、結果的に負担が小さく済むことが多いでしょう。
予防としては、賠償ではなく手続きの設計で対応します。引き継ぎ書の提出を退職手続きの一部として定める、貸与品や情報機器の返却期限を明記する、重要業務を一人に集中させない、といった地道な整備のほうが効果があります。退職時の秘密保持については、賠償の予定とは別の話として、誓約書の形で整えている会社が多くみられます。
解雇の規定はどう書く?普通解雇と懲戒解雇の切り分け
解雇の条文でよくある失敗は、事由を「その他前各号に準ずる事由があるとき」だけで済ませてしまうことです。解雇事由は、勤務成績や能力が著しく不良で改善の見込みがないとき、心身の故障により業務に堪えられないとき、事業の縮小その他やむを得ない業務上の都合があるときなど、想定される場面を具体的に列挙したうえで、最後に包括条項を置く形が一般的です。
解雇には手続きのルールもあります。法令上、解雇しようとする場合は一定期間前に予告するか、予告に代わる手当を支払うこととされており、産前産後や業務上の傷病による休業期間中などは解雇が制限されます。就業規則には、これらの法令の内容を踏まえた条文を置き、詳細は厚生労働省の資料や労働基準監督署の案内で最新の内容を確認してください。
普通解雇と懲戒解雇は目的が違います。普通解雇は労働契約を続けられない事情に基づく契約の解消、懲戒解雇は企業秩序違反に対する制裁です。同じ事案でも、どちらを選ぶかで必要な手続きや退職金の扱いが変わります。規定上は章を分け、「懲戒解雇に該当する場合を除き、普通解雇の手続きによる」といった整理をしておくと運用が混乱しにくくなります。なお、解雇が有効かどうかは個別の事情で判断されるため、実際に踏み切る前の段階で弁護士や社会保険労務士に相談する前提で考えてください。
懲戒(制裁)規定の書き方|種類・事由・手続きの3点セット
懲戒規定は、①処分の種類、②懲戒事由、③手続き、の3つがそろって初めて機能します。種類としては、けん責・戒告(始末書の提出や注意)、減給、出勤停止、降格、諭旨退職、懲戒解雇といった段階を設けるのが一般的です。軽い処分から重い処分まで幅を持たせておくと、事案の重さに応じた対応がしやすくなります。
懲戒事由は、正当な理由のない無断欠勤や遅刻の繰り返し、業務命令に従わないこと、会社の物品や情報の不正利用、ハラスメント行為、経歴の重大な詐称、刑事事件を起こした場合など、想定される類型を挙げていきます。就業規則に定めがなく周知もされていない事由で処分すると、後から無効と判断されることがあるため、自社で起こりうる場面を洗い出して条文に落とし込むことが大切です。
減給には法令上の上限が定められており、1回の額および総額について制限があります。金額の計算方法は所管官庁の資料で確認し、規定には「法令の範囲内で行う」旨を明記しておくと安全です。また、手続きとして、本人に弁明の機会を与えること、同じ行為に対して重ねて処分しないこと、過去の類似事案と処分の重さをそろえることを条文または運用ルールとして決めておきましょう。処分の妥当性は事案ごとに判断されるため、重い処分を検討する段階で専門家に相談する流れを、社内の手順に組み込んでおくことをおすすめします。
作成・変更の手順と、届出はどこに出す?
手順はシンプルです。まず条文案を作り、次に労働者の過半数で組織する労働組合、それがない場合は労働者の過半数を代表する者から意見を聴き、意見書を作成します。代表者は、管理監督の地位にない人を、投票や挙手など民主的な方法で選ぶ必要があります。社長が指名した人では手続きに問題が残ることがあるため、選出方法もメモに残しておきましょう。
そのうえで、就業規則本体と意見書、届出書を、事業場を管轄する労働基準監督署に提出します。常時10人以上の労働者を使用する事業場では届出が求められ、変更したときも同様です。10人未満の会社では届出の義務はありませんが、退職や懲戒のルールを文書にしておく価値は変わりません。作っておくだけでもトラブル時の拠り所になります。
最後に忘れがちなのが周知です。就業規則は、備え付け・書面の交付・社内ネットワークへの掲載などの方法で、従業員がいつでも見られる状態にしておく必要があるとされています。特に懲戒規定は、周知されていることが処分の前提として問われます。作って終わりにせず、入社時の説明や社内共有フォルダでの公開まで、セットで運用してください。
迷ったら専門家へ:社会保険労務士・弁護士への相談
退職・解雇・懲戒の条文は、ひな形の言葉づかいが少し違うだけで、運用したときの結果が変わることがあります。特に、解雇の有効性や懲戒処分の相当性は、就業規則の文言と個別の事情の両方で判断されるため、社内だけで結論を出すのは負担が大きい領域です。
就業規則そのものの設計や届出、労務管理の運用については社会保険労務士、実際に解雇や重い懲戒処分に踏み切る場面、損害賠償や訴訟が視野に入る場面については弁護士が相談先の目安になります。初めて就業規則を作るタイミングで一度みてもらい、その後は人数が増えたときや制度を変えたときに見直す、という進め方が現実的です。
この記事は一般的な考え方の整理であり、個別の判断を示すものではありません。自社の状況に当てはめた判断が必要なときは、社会保険労務士や弁護士にご確認ください。
よくある質問
就業規則に「退職は2か月前までに申し出ること」と書けば、社員を引き止められますか?
期間の定めのない雇用では、民法上、労働者からの申し入れから原則2週間で契約が終了すると考えられており、就業規則の予告期間だけで退職を止めることは難しいとされています。引き継ぎのための目安として定めておく意味はありますが、強制力を期待する条文にはしないほうが無難です。賃金体系によって取り扱いが異なる場合もあるため、社会保険労務士にご確認ください。
就業規則より早く退職した社員に、違約金を請求する条文を入れてもよいですか?
労働基準法は、労働契約の不履行について違約金や損害賠償額をあらかじめ定めることを禁じているため、そうした条文は無効と判断される可能性があります。実際に損害が生じた場合の個別の請求は別の問題ですが、立証のハードルは高いとされています。請求を検討する場合は弁護士に見通しを相談してください。
懲戒規定がない状態で、問題行動をした社員を処分できますか?
懲戒処分は、種類と事由をあらかじめ就業規則に定め、従業員に周知していることが前提とされています。定めがない状態での処分は、後から無効と判断されることがあります。まず規定を整備し、運用の手順(弁明の機会など)もあわせて決めておくことをおすすめします。
従業員が10人未満でも、退職や懲戒のルールを就業規則に書くべきですか?
常時10人未満の事業場では労働基準監督署への届出義務はありませんが、ルールを文書化しておくと、退職手続きやトラブル時の判断がぶれにくくなります。人が増えてから作り直すより、早い段階で骨組みを作っておくほうが負担が小さく済みます。作成時に社会保険労務士に目を通してもらうと安心です。