雇用契約書の電子化|メール・Webで締結する手順と法律上の条件
入社手続きのたびに、雇用契約書を印刷して、押印して、郵送して、返送を待つ。リモート採用や店舗が離れている会社では、この往復がいちばんの詰まりどころになります。結論から言うと、雇用契約書と労働条件通知書は、一定の条件を満たせば電子で交付・締結する運用が可能とされています。この記事では、何を満たせば電子でよいのか、どの順に進めるのか、あとで「聞いていない」と言われないためにどこを押さえるかを、手順の形で整理します。
この記事の結論
- 雇用契約書そのものは法律上の作成義務がある書面ではなく、契約は書面でなくても成立するため、PDFやクラウド契約サービスを使った電子での締結も可能とされています。
- 労働条件通知書(労働条件の明示)は書面交付が原則ですが、労働者が希望した場合は、メールやSNSのメッセージ機能など「出力して書面を作成できるもの」での送信が認められています。
- 電子化を始めるときは、①本人の希望を記録に残す、②明示が必要な事項を漏れなく入れる、③送信・受領の記録と原本を保存する、の3点を運用ルールにしておくと安全です。
雇用契約書はメールやWebで交わしてよいのか
まず前提を分けて考えます。「雇用契約書」と「労働条件通知書」は、名前が似ていますが法律上の位置づけが違います。雇用契約書は労使が合意内容を確認し合うための契約書で、法律で作成が義務づけられた書面ではありません。契約は口頭でも成立すると考えられており、だからこそPDFの取り交わしやクラウド型の契約サービスでの締結も、実務上は広く行われています。
一方、労働条件通知書は労働基準法にもとづく「労働条件の明示」のための書面で、こちらには交付のルールがあります。原則は書面の交付ですが、労働者が希望した場合には、ファクシミリや電子メール、SNSのメッセージ機能など、受け取った側が出力して書面を作成できる方法での送信が認められています。つまり電子化の可否を左右するのは、雇用契約書より労働条件通知書のほうだということです。
多くの会社は、雇用契約書と労働条件通知書を一体化した「労働条件通知書兼雇用契約書」を使っています。この形にする場合は、労働条件通知書側のルールに合わせて電子化の手続きを踏むのが安全です。細かな要件は改正されることがあるため、運用を決める前に厚生労働省の最新の資料やリーフレットを確認してください。
電子で交付するための条件は3つ
電子交付を成り立たせる条件は、大きく3つに整理できます。1つ目は、労働者本人が電子での受け取りを希望していること。会社側が一方的に「当社は電子です」と決めて送る形は、想定されている運用とはずれます。採用時の案内で「紙とデータのどちらで受け取りますか」と選べるようにし、選んだ結果を記録に残しておきます。
2つ目は、受け取った側が出力して書面を作成できる形式であること。PDFの添付ファイルや、ダウンロードできるリンク付きのメッセージが典型です。本文にだらだら書いただけで保存も印刷もしにくい形は、この条件を満たしにくくなります。3つ目は、本人にきちんと到達していること。送信しただけでなく、届いたことを確認できる状態にしておきます。
この3つは、そのまま「トラブルになったときに会社が示すもの」でもあります。希望を確認した記録、送った書面そのもの、届いたことの記録。この3点セットが残っていれば、後から説明ができます。逆に、個人のスマートフォンから私的なメッセージで送って履歴が消えてしまうような運用は、条件を満たしているかどうか以前に、証拠が残らない点で避けたいところです。
メール・Webで締結する手順(いつ・何を用意して・どこに出すか)
進め方は次の順です。まず内定通知や入社案内の段階で、受け取り方法の希望を聞きます。ここで「電子(メール送付)を希望する」にチェックを入れてもらう、あるいは希望する旨をメールで返信してもらいます。口頭だけで済ませず、必ず記録に残る形にしておくのがポイントです。あわせて、受け取りに使うメールアドレス(会社が付与する前なので通常は個人のもの)も確認します。
次に、書面の中身を用意します。労働条件の明示事項は、契約期間、就業場所と業務内容、始業終業時刻や休憩・休日、賃金の決定方法と支払い方法・締日支払日、退職に関する事項などが基本です。近年は、就業場所・業務の変更の範囲や、有期契約の更新上限、無期転換に関する事項など、明示すべき内容が追加されています。自社のひな形が古いままになっていないか、この機会に見直してください。項目の詳細は所管官庁の資料で確認するのが確実です。
作成した書面はPDFにして、入社日より前に本人へ送信します。件名に「雇用契約書兼労働条件通知書の送付」と入れ、本文に「本メールに添付のPDFで労働条件を明示します。内容をご確認のうえ、◯月◯日までにご署名(または同意ボタン)をお願いします」と、確認期限と返信方法を書きます。届いたら返信をもらう運用にしておくと、到達の記録が自然に残ります。クラウド型の契約サービスを使う場合は、送信・閲覧・署名のログがサービス側に残るため、この確認が簡単になります。
最後に保存です。会社側は締結済みのPDFと送受信の記録を、労働者ごとにフォルダを分けて保管します。労働基準法では労働関係に関する重要書類の保存が求められており、雇用契約書はその対象になり得ます。人事異動や賃金改定で内容が変わったときは、上書きせず版を分けて残しておくと、後から経緯を追えます。
電子署名は必要か、どうやるか
雇用契約書に電子署名が法律上必ず求められるわけではありません。PDFを送って本人から「内容に同意します」という返信をもらう運用でも、合意の記録としては残ります。ただし、後から「そんな内容は見ていない」と言われたときに、どこまで説明できるかという強さには差が出ます。
強さの順に整理すると、①メール本文での同意返信、②PDFに署名画像を入れて返送、③クラウド型契約サービスでの電子サイン、④電子証明書を用いた電子署名、という並びになります。電子署名法では、本人による一定の電子署名が行われた電子文書について、真正に成立したものと推定される旨が定められています。争いになりやすい契約ほど、記録の残り方が明確な方法を選ぶ、という判断でよいでしょう。
選び方の目安としては、人の出入りが少なく、雇用契約の内容もシンプルな会社であれば、まずはPDF送付+同意返信から始めて構いません。採用人数が増えてきた、複数拠点で担当者が分かれている、有期契約の更新を毎年繰り返す、といった状況になったら、締結と保存を一元管理できるクラウド型のサービスを検討する段階です。導入の際は、締結ログの残り方、退職者分を含めた保存期間、料金体系を各社の公式サイトで確認してください。
LINEやチャットで送ってもよい?よくある実務の疑問
SNSのメッセージ機能での送信は、出力して書面を作成できる形であれば認められる方法に含まれると整理されています。ただし実務では、いくつか注意点があります。メッセージが流れて見つけにくい、無料プランだと履歴が一定期間で見られなくなる場合がある、個人アカウント同士だと担当者が退職したときに記録が会社に残らない、といった問題です。
現実的な落としどころは、「案内はチャット、書面本体はメールにPDF添付」という組み合わせです。チャットで『メールを送ったので確認してください』と声をかけ、書面そのものはメールで送る。こうすると、見落とされにくさと記録の残りやすさを両立できます。どうしてもチャットで完結させたい場合は、PDFファイルとして送り、受領の返信をもらい、会社側でもその画面を保存しておきます。
もう一つよくあるのが「電子にしたら印紙はどうなるのか」という質問です。雇用契約書は一般に印紙税の課税文書には当たらないと整理されていますが、契約の内容によって判断が分かれることもあります。不安がある場合は税理士や所轄の税務署に確認してください。また、電子帳簿保存法は国税関係の帳簿書類に関する制度なので、雇用契約書の保存とは別の枠組みとして考えるのが基本です。
電子化を進めるときの社内ルールの作り方
電子化でつまずくのは、法律の要件よりも社内の運用です。誰が書面を作り、誰が送り、どこに保存するかが決まっていないと、担当者のローカルPCにPDFが散らばる状態になります。最低限、①ひな形の保管場所、②送信に使うメールアカウント、③締結済みファイルの保存先とファイル名のルール、の3つは先に決めておきます。
ファイル名は「入社年月日_氏名_雇用契約書_v1」のように、後から探せる形にしておくと管理が楽になります。更新があれば v2 として追加し、前の版も残します。あわせて、本人が希望した記録(メールや同意書)も同じフォルダに入れておくと、あとで一式を確認できます。
運用が固まったら、入社案内のテンプレートに電子交付の説明を入れてしまうのが早道です。「当社では労働条件通知書兼雇用契約書をPDFでお送りしています。紙での交付をご希望の場合はお申し出ください」と書いておけば、毎回の確認が定型化します。自社の雇用形態(有期・パート・業務委託との切り分けなど)によって明示すべき内容や注意点が変わるため、ひな形の内容や電子化の運用設計については、社会保険労務士に一度確認しておくと安心です。労働条件の記載をめぐって争いになりやすい論点がある場合は、弁護士への相談も検討してください。
よくある質問
雇用契約書をメールで送るだけで、契約は成立しますか。
労働契約は書面がなくても成立すると考えられているため、メールでPDFを送り、本人から同意の返信をもらう形でも合意の記録としては残ります。ただし労働条件の明示については、本人が電子での受け取りを希望していることが前提となる点に注意してください。後の確認のため、希望の記録と送受信の記録は保存しておきましょう。
労働条件通知書をLINEで交付してもよいですか。
出力して書面を作成できる形式であれば、SNSのメッセージ機能での送信も認められる方法に含まれると整理されています。ただし履歴が残りにくい、担当者の個人アカウントだと会社に記録が残らないといった実務上の弱さがあるため、書面本体はメールにPDFを添付して送り、チャットは案内用にとどめる運用が無難です。
電子署名サービスを使わないと電子化はできませんか。
必須ではありません。PDFを送って同意の返信をもらう運用でも始められます。採用人数が増えたり、有期契約の更新を毎年繰り返したりするようになったら、締結ログと保存を一元管理できるサービスの導入を検討する、という順で考えると無理がありません。料金や機能は各社の公式サイトで最新の情報を確認してください。
電子化した雇用契約書は、どのくらい保存すればよいですか。
労働基準法では労働関係に関する重要書類の保存が求められており、雇用契約書もその対象になり得ます。保存期間の考え方は改正があった分野でもあるため、所管官庁の資料で最新の内容を確認するか、社会保険労務士に確認してください。退職者分も含めて検索できる形で残しておくと、後の照会に対応しやすくなります。