雇用契約書の間違い・紛失への対処|訂正方法と再発行の進め方
雇用契約書を作って渡したあとに、「勤務地が古いままだった」「基本給の桁が違う」「押印欄が空欄のまま保管されていた」と気づくことがあります。人を採用し始めたばかりの会社では珍しい話ではありません。あわてて書き直す前に、まず「どの間違いか」を切り分けると、対応の道筋が見えます。この記事では、訂正・再作成・再発行の使い分けと、実務での進め方を整理します。
この記事の結論
- 雇用契約書の誤記は、軽微な誤字なら両者の訂正印による訂正、金額や勤務地など条件に関わる部分は覚書または契約書の作り直しで対応するのが一般的です。
- 雇用契約書に間違いがあっても契約全体がただちに無効になるとは限らず、実際に合意した内容が何かで判断されるため、早めに事実関係を確認して書面を整えることが大切です。
- 労働条件通知書を従業員が紛失した場合、法令上の再交付義務が明示されているわけではありませんが、会社側で控えを保管していれば写しの交付に応じるのが実務上は無難です。
まずどの「間違い」かを切り分ける
雇用契約書のトラブルは、大きく三つに分かれます。①氏名や日付の誤字など内容に影響しない誤記、②賃金・勤務地・労働時間・契約期間など労働条件そのものの誤り、③署名押印欄や条件欄が空欄のまま完成していない、の三つです。対応の重さがまったく違うので、最初にどれかを決めてください。
判断の順番はシンプルです。まず「その部分が違っていたら、従業員の待遇や働き方が変わるか」を考えます。変わらないなら①、変わるなら②です。そのうえで、そもそも書面として完成していない(空欄・未署名)なら③として、訂正ではなく作り直しの方向で考えます。
もうひとつ確認したいのが、「書面が間違っているのか、実態が違うのか」です。書面の記載どおりに運用しているなら書面の修正で足りますが、書面と実際の勤務地・給与が食い違っているなら、どちらが合意内容だったのかという整理が先になります。
雇用契約書の訂正方法|訂正印で直せる範囲と、覚書に切り替える目安
軽微な誤字脱字であれば、該当箇所に二重線を引き、正しい内容を書き添えて、会社と従業員の双方が訂正印を押す方法が実務ではよく使われます。片方だけが直すと、あとから「勝手に書き換えられた」と言われかねないため、必ず両者の確認を残す形にします。会社控えと従業員控えの両方を同じように直すことも忘れないでください。
一方、基本給、手当、所定労働時間、勤務地、契約期間といった中心的な労働条件は、二重線で直すより、①訂正内容を記した覚書(変更契約書)を作って双方が署名押印する、②契約書自体を作り直して差し替える、のどちらかが安全です。修正箇所が一か所でも、金額に関わるなら覚書を残しておくと後日の説明がしやすくなります。
修正データを再印刷して「前の紙は捨ててください」と伝えるだけの対応は避けたほうがよいでしょう。どちらが最終版か分からなくなるためです。作り直す場合は、新しい書面に「◯年◯月◯日付雇用契約書を差し替えるもの」と一文入れ、旧版は会社側で回収するか、無効である旨を記して保管します。電子契約を使っている場合は、システム上の履歴が残る形で再締結できるか、サービスの仕様を確認してください。
雇用契約書に間違いがあったら無効になるのか
「間違いがある=契約が無効」とは限りません。労働契約は、書面がなくても当事者の合意で成立すると考えられており、書面はその内容を明らかにするためのものです。そのため、誤記があっても、実際に合意した条件がどうだったかで判断されることが一般的です。
ただし、書面が唯一の証拠になる場面は多く、記載と異なる主張をするには別の裏づけ(求人票、内定通知、メールのやり取り、給与明細など)が必要になります。だからこそ、気づいた時点で早めに正しい内容の書面を整え、双方の認識をそろえておくことが実務上は重要です。
また、法令や就業規則の水準を下回る条件を書いていた場合、その部分については法令・就業規則の基準が適用されると扱われることがあります。最低賃金や労働時間の上限に関わる記載は、修正前に労働基準法上の取り扱いを社会保険労務士に確認しておくと安心です。
労働条件通知書の記載が実態と違う・待遇の相違がある場合
従業員から「聞いていた条件と違う」と申し出があったときは、修正の前に事実確認です。用意するのは、求人票・面接時の説明資料・内定通知・労働条件通知書・実際の勤務記録と給与明細。この順に並べると、どの段階で食い違いが生じたかが見えてきます。
結論として、①書面が誤りで実態が正しいなら書面を修正し、②書面が正しく実態がずれているなら運用を書面に合わせるか、合意のうえで条件を変更します。労働条件を引き下げる方向の変更は、従業員の同意が要素になる場面が多く、一方的な通知だけで進めるのは避けてください。差額が生じている場合は、精算の方法と時期もあわせて書面に残します。
説明の場では、口頭だけで終わらせないことが大切です。確認した事実、合意した内容、今後の取り扱いを簡単な書面かメールにまとめ、従業員にも同じものを渡しておくと、後日の認識違いを減らせます。対応に迷う相違(残業代の計算方法、固定残業代の扱いなど)は、社会保険労務士に相談してから回答するほうが安全です。
雇用契約書・労働条件通知書を紛失したときの会社側の対応
従業員が紛失した場合は、会社が保管している控えの写しを交付するのが一般的な対応です。労働基準法では採用時に労働条件を明示することが求められていますが、いったん交付した書面を再交付する義務が条文で明示されているわけではありません。とはいえ、控えがあるのに断る合理性は乏しく、住宅ローンや保育所の申込みなど必要な場面も多いため、応じておくほうがトラブルになりにくいでしょう。
再発行の手順は、①従業員から依頼を受ける(メールなど記録の残る形)、②会社控えの原本を確認、③写しに「写し」「再交付」と入れ、交付日を記載、④受領の記録を残す、という流れです。原本を新たに作り直すのではなく、あくまで写しであると分かる形にしておくと、原本が二つ存在する事態を避けられます。
会社側で原本も控えも見当たらない場合は、当時の求人内容、賃金台帳、出勤簿、給与明細などから条件を再構成し、従業員と内容を確認したうえで、現時点の労働条件を明示する書面を改めて交付する方法が考えられます。その際は「◯年◯月◯日現在の労働条件を確認するもの」と趣旨を明記し、過去の契約を書き換えるものではないことを分かるようにしておきます。
空欄・押印漏れを防ぐ運用と、再発を防ぐチェック
空欄が残る原因はたいてい決まっています。入社日が未確定のまま渡した、勤務地を「本社ほか」と曖昧にした、押印を後回しにした、といったパターンです。交付前に、①契約期間、②就業場所と業務内容、③始業終業時刻・休憩・休日、④賃金の決定方法と支払日、⑤退職に関する事項、という明示事項の並びで上から確認すると、抜けに気づきやすくなります。
運用面では、テンプレートを一つに統一し、更新した日付をファイル名に入れること、交付前に作成者以外がもう一度読むこと、署名済みの控えを回収したかを入社手続きのチェックリストに入れること。この三つだけでも、誤記と押印漏れはかなり減らせます。
保管も合わせて整えておきましょう。紙で保管するなら入社年度ごと、電子で保管するなら従業員ごとのフォルダに、最終版と過去版を分けて残します。労働関係の書類には保存期間の定めがあるため、廃棄のルールを決める前に、所管官庁の資料や社会保険労務士に現行の取り扱いを確認してください。電子で保管する場合の要件についても、制度の最新情報を公式資料で確認するのが確実です。
専門家に相談する目安
次のようなケースは、自社だけで判断せず専門家に相談することをおすすめします。賃金や労働時間など中心的な条件に誤りがあり差額が発生している、従業員から待遇の相違を理由に申し出や抗議を受けている、条件を引き下げる方向の修正が必要、退職者から過去の書面について問い合わせが来た、といった場合です。
労働条件の明示、就業規則との整合、割増賃金の計算などは社会保険労務士、契約の効力や紛争化しそうな案件は弁護士が相談先の目安になります。賃金の遡及精算が生じるときは、源泉徴収や社会保険の取り扱いも関わるため、顧問税理士にもあわせて確認しておくと処理がスムーズです。
小さな会社ほど、一件の契約書の不備が全社の運用の問題につながりやすいものです。訂正の場面をきっかけに、雛形と手順を専門家と一緒に見直しておくと、次の採用から同じ手戻りを繰り返さずに済みます。
よくある質問
雇用契約書の誤字は、訂正印で直しても大丈夫ですか。
氏名の誤字など内容に影響しない部分であれば、二重線と会社・従業員双方の訂正印で直す方法が実務ではよく使われます。ただし賃金や勤務地など労働条件そのものに関わる箇所は、覚書を作るか契約書を作り直すほうが後の説明がしやすいです。会社控えと従業員控えの両方を同じ内容に整えてください。
労働条件通知書の再発行に、会社は応じる義務がありますか。
いったん交付した書面の再交付義務が条文で明示されているわけではありませんが、会社に控えがあるなら写しを交付する対応が一般的です。住宅ローンや行政手続きで必要になる場面もあるため、依頼の記録を残したうえで「写し(再交付)」と分かる形で渡すとよいでしょう。
雇用契約書に間違いがあると、契約は無効になりますか。
誤記があっても契約全体がただちに無効になるとは限らず、実際に合意した内容で判断されることが一般的です。ただし書面が重要な証拠になるため、気づいた時点で正しい内容に整え、双方の認識をそろえておくことが大切です。争いになりそうな場合は弁護士にご確認ください。
会社側で雇用契約書を紛失してしまいました。どうすればよいですか。
賃金台帳や出勤簿、給与明細、当時の求人内容などから条件を確認し、従業員と内容をすり合わせたうえで、現時点の労働条件を明示する書面を改めて交付する方法が考えられます。過去の契約を書き換えるものではない旨を明記し、以後の保管ルールもあわせて見直してください。