賃上げ・最低賃金の引き上げに使える助成金|業務改善助成金の使い方
最低賃金が上がるたびに、「うちの時給、来月から上げないと足りない」と慌てて計算し直す。小さな会社のバックオフィスでは毎年おなじみの光景です。この賃上げに対して、国には「賃金を上げた企業に設備投資などの費用を助成する」仕組みがいくつか用意されています。代表的なのが厚生労働省の業務改善助成金とキャリアアップ助成金、そして税金側で効く賃上げ促進税制です。この記事では、それぞれが何に使えるのか、自社はどれから検討すべきかを、申請の順番までふくめて整理します。
この記事の結論
- 賃上げそのものに現金が出る制度は多くなく、中心となるのは「賃金を上げたうえで設備投資などを行った費用」を助成する業務改善助成金です。
- 有期・パート社員の賃金規定を引き上げる場合はキャリアアップ助成金の賃金規定等改定コースが、賃上げ全体の負担軽減には賃上げ促進税制が、それぞれ別枠で検討できます。
- 業務改善助成金は「賃上げの実施前に交付申請する」のが基本の流れのため、最低賃金の改定時期から逆算して早めに動く必要があります。
賃上げに使える制度は「助成金」と「税制」の2種類に分かれる
まず全体像を押さえます。賃上げを支える国の仕組みは、大きく「お金が支給される助成金・補助金」と「納める税金が軽くなる税制」の2系統に分かれます。この2つは併用を検討できる場面もあり、性格がまったく違うので、混同したまま調べ始めると迷子になりがちです。
助成金側の代表が、厚生労働省の業務改善助成金とキャリアアップ助成金です。どちらも「賃金を上げること」が条件になりますが、上げた人件費そのものが丸ごと返ってくる制度ではありません。業務改善助成金は設備投資などにかかった費用の一部、キャリアアップ助成金は取り組みに対する定額の支給、という設計になっています。
税制側の代表が賃上げ促進税制です。こちらは申請して受け取るのではなく、決算・申告のときに法人税の計算上で控除を受ける仕組みです。黒字で法人税が発生していることが前提になるため、赤字の年には効きません。まずは「現金が欲しいのか、税負担を軽くしたいのか」で入口を分けて考えると整理しやすくなります。
業務改善助成金とは?どんな会社が対象になるか
業務改善助成金は、事業場内でいちばん低い賃金(事業場内最低賃金)を一定額以上引き上げ、あわせて生産性向上に資する設備投資などを行った中小企業・小規模事業者に対して、その設備投資費用の一部を助成する制度です。厚生労働省が所管し、都道府県労働局が窓口になります。
ポイントは「賃上げ」と「設備投資」がセットになっていることです。単に時給を上げただけでは対象になりません。逆に言えば、券売機やPOSレジ、業務用機器、システム導入、車両など、もともと入れ替えを考えていた投資がある会社にとっては相性がよい制度です。コンサルティング費用や人材育成・教育訓練費が対象になる場合もあります。
対象になりやすいのは、飲食・小売・介護・宿泊・製造など、最低賃金に近い時給帯のスタッフを抱える事業場です。逆に、全員が最低賃金から大きく離れた給与水準にある会社は、この制度の枠組みに乗りにくくなります。自社が該当するかは、まず「いちばん低い時給はいくらか」を出してから判断してください。なお、助成の上限額や助成率、引き上げ幅の区分は年度ごとに見直されるため、金額は必ず厚生労働省および都道府県労働局の最新の公表資料でご確認ください。
業務改善助成金の申請の流れ|いつ・何を用意して・どこに出すか
いちばん大事なルールは、順番です。この制度は「賃金を引き上げる前に交付申請を行い、交付決定を受けてから設備投資と賃上げを実施する」という流れが基本です。先に時給を上げてしまった、先に機械を買ってしまった、という後出しでは対象外になることがあります。最低賃金の改定は毎年秋に発効するのが通例なので、そこから逆算して夏のうちに検討を始めるのが安全です。
準備するものは、大きく分けて三つです。第一に、賃金の実態が分かる資料(賃金台帳、労働者名簿、就業規則や賃金規程など)。第二に、設備投資の内容が分かる資料(見積書、導入する機器やシステムの説明、生産性がどう上がるのかの説明)。第三に、賃金引き上げ計画を含む交付申請書一式です。様式は厚生労働省のサイトから入手できます。
提出先は、事業場の所在地を管轄する都道府県労働局(雇用環境・均等部門)です。流れとしては、交付申請 → 交付決定 → 設備投資と賃上げの実施 → 実績報告 → 額の確定 → 支給、という段取りになります。実績報告では、実際に賃金を引き上げたことが分かる賃金台帳や、支払いを証明する領収書・振込記録が必要になります。書類の保存を後回しにすると、ここでつまずきます。
予算には限りがあり、年度途中で受付が締め切られることもあります。制度の実施状況や受付期間は年度ごとに変わるため、検討を始めた時点で管轄労働局に一度電話で確認しておくと、無駄な準備を避けられます。
キャリアアップ助成金・賃上げ促進税制との使い分け
パート・アルバイトや契約社員など、有期雇用等の労働者の賃金規定そのものを引き上げる場合は、キャリアアップ助成金の賃金規定等改定コースが検討対象になります。こちらは設備投資が前提ではなく、就業規則や賃金規程を改定して基本給を一定率以上引き上げることが軸になります。事前にキャリアアップ計画を労働局に提出しておく必要がある点は、業務改善助成金と共通の注意点です。
判断の順番としては、まず「設備投資の予定があるか」を見ます。予定があり、かつ事業場内最低賃金を引き上げるなら業務改善助成金。設備投資の予定はないが、パート・有期社員の賃金規程を改定して底上げするなら、キャリアアップ助成金の該当コース。どちらも当てはまるなら、対象となる経費や労働者が重複しないかを労働局に確認したうえで、それぞれ検討する、という流れになります。
賃上げ促進税制は、上の二つとは別枠で考えます。給与等支給額を前年度より一定以上増やした中小企業が、その増加額の一部を法人税額から控除できる仕組みで、申告時に適用します。助成金のような事前申請は不要な一方、要件の判定や計算は複雑で、適用できるかは決算内容によって変わります。適用可否や有利不利の判断は、顧問税理士にご確認ください。
このほか、業種や地域によっては、都道府県や市区町村が独自の賃上げ支援制度を設けていることもあります。国の制度を調べたら、自治体の商工担当課のサイトも一度のぞいてみてください。
申請でつまずきやすいポイントと、社内で先に決めておくこと
よくある失敗の一つ目は、順番の取り違えです。「今年の最低賃金改定にあわせてもう時給を上げた、あとから助成金を申請したい」という相談は毎年出ますが、事前申請が前提の制度では間に合いません。賃上げの意思決定と、助成金の検討は、同じタイミングで机に乗せてください。
二つ目は、賃上げが一時的なものになってしまうことです。これらの制度では、引き上げた賃金水準を維持することが求められるのが一般的です。助成金が出るからと無理な引き上げをすると、翌年以降の固定費として重くのしかかります。申請前に、引き上げ後の人件費が年間でいくら増えるのかを試算し、社会保険料の事業主負担が増える分もあわせて見ておきましょう。
三つ目は、書類の不備です。賃金台帳が手書きのまま、就業規則が古いまま、労働条件通知書を交付していない、といった状態だと、そもそも申請の土俵に上がれないことがあります。助成金の準備は、労務まわりを一度棚卸しする機会でもあります。就業規則や賃金規程の改定が必要になる場合は、社会保険労務士に相談すると手戻りが減ります。
社内で先に決めておくとよいのは、①誰の賃金をいくら上げるのか、②いつから適用するのか、③どの設備に投資するのか、④その投資で何の業務がどう楽になるのか、の四点です。とくに④は申請書で説明を求められる部分なので、現場の困りごとと結びつけて言語化しておくと書きやすくなります。
2026年に向けて|今から動くときのスケジュールの考え方
最低賃金は毎年見直され、秋に発効するのが通例です。したがって実務のリズムとしては、春から夏にかけて自社の最低時給と改定後の見込みを突き合わせ、夏のうちに助成金の要否を判断し、秋の改定前に交付申請を済ませる、という流れが組みやすくなります。設備の見積もりを取る時間も必要なので、思っているより早めのスタートが無難です。
制度の内容は年度ごとに変わります。助成率や上限額、対象となる引き上げ幅の区分、加算の要件などは改定されることがあるため、「去年と同じだろう」という前提で準備を進めないでください。最新の要件は厚生労働省の業務改善助成金のページ、および管轄の都道府県労働局で確認するのが確実です。
賃上げは、助成金をもらうためにするものではなく、人を採り、続けてもらうためのものです。助成金はその決断を少し後押しするための道具、という位置づけで検討するとちょうどよい距離感になります。要件の当てはめや就業規則の改定、申請書類の作成については社会保険労務士に、賃上げ促進税制の適用や人件費増加の資金繰りへの影響については税理士に、それぞれ早めに相談することをおすすめします。制度の詳細な要件は所管官庁の公表資料をあわせてご確認ください。
よくある質問
賃上げした分の人件費そのものを補助してくれる制度はありますか。
人件費の増加分をそのまま現金で補填する制度は、一般的にはあまりありません。業務改善助成金は賃上げを条件に設備投資費用の一部を助成する仕組みで、賃上げ促進税制は法人税の計算上で控除を受ける仕組みです。自社に合う組み合わせは、社会保険労務士や税理士にご相談ください。
もう時給を上げてしまいました。あとから業務改善助成金は申請できますか。
業務改善助成金は、賃金引き上げの前に交付申請し、交付決定を受けてから実施するのが基本の流れです。すでに引き上げ済みの分については対象外と扱われることがあります。個別の状況によって判断が分かれるため、管轄の都道府県労働局に確認してみてください。
業務改善助成金とキャリアアップ助成金は両方使えますか。
制度の目的や対象が異なるため、それぞれ検討すること自体は可能です。ただし、同じ賃上げや同じ経費を重複して助成対象にできないなどの調整ルールがあります。併用を考える場合は、計画段階で労働局に相談しておくと安全です。
助成金の金額はいくらもらえますか。
助成率や上限額は引き上げ幅や事業規模などの区分によって定められ、年度ごとに見直されます。この記事では具体的な金額は扱っていませんので、厚生労働省および都道府県労働局が公表する最新の資料でご確認ください。