法人成り後の役員報酬の決め方|いつから支給するかと妻への報酬
個人事業から法人成りすると、これまで「事業の利益=自分の取り分」だった関係が変わります。会社のお金と社長個人のお金は別になり、社長が受け取るお金は「役員報酬」として、あらかじめ決めた金額を毎月同じだけ支払う形になります。しかも、この金額を決められるタイミングには期限があり、期の途中で自由に増減できません。ここでは、いつまでに決めるのか、いくらにするのか、妻に役員報酬を出す場合に何を押さえるのかを、判断の順番に沿って整理します。
この記事の結論
- 法人成り後の役員報酬は、原則として設立日から3か月以内に株主総会などで決定し、その事業年度中は毎月同額を支給する形にするのが基本です。
- 金額は「会社に残したい利益」「社長個人の生活費と税・社会保険の負担」「初年度の売上見込みの不確実さ」の3つを並べて、低めから決めていく考え方が取りやすいです。
- 法人成りすると個人事業の専従者給与という枠組みはなくなり、妻に支払う場合は役員報酬か従業員としての給与のいずれかになり、実態と職務内容が問われます。
法人成り後の役員報酬は「いつから」支給するのか
役員報酬は、設立後すぐに好きなタイミングで決めればよいものではありません。法人税の取り扱い上、事業年度開始の日(設立初年度なら設立の日)から一定期間内に決定し、その事業年度を通じて毎月同じ額を支給する「定期同額給与」の形にすることが基本とされています。一般に、この決定期限は3か月以内として案内されることが多く、設立日から逆算してスケジュールを組むことになります。
たとえば9月に設立した会社であれば、12月までに株主総会(ひとり会社なら実質的には自分だけの決議)で役員報酬額を決め、議事録を残します。1か月目から支給を始めても、決定後の月から支給を始めても構いませんが、いったん支給を始めたらその事業年度中は同じ額で通すのが原則です。
期限を過ぎてから支給を始めたり、途中で自由に増減したりすると、その一部が法人の損金として扱われないことがあります。ここは判断が分かれる部分なので、設立直後の早い段階で税理士に相談し、自社の決算期に合わせた期限を確認しておくと安全です。
役員報酬の決め方|この順番で見ていく
金額を決めるときは、いきなり「いくらにしよう」と考えるより、次の順に見ていくと整理しやすくなります。まず①会社の年間の売上と経費の見込みを立て、②そこから会社に残したい利益(内部留保・設備投資・納税資金)を差し引き、③残りの枠の中で社長個人の生活費と税・社会保険料をまかなえるかを確認する、という順です。
このとき見落としやすいのが社会保険料です。法人になると社長ひとりでも社会保険の適用対象になるのが原則で、役員報酬に応じた保険料が会社負担分と個人負担分の両方で発生します。報酬を上げると会社の損金は増えますが、同時に社会保険料と個人の所得税・住民税の負担も増えるため、「報酬を高くすれば有利」とは単純に言えません。
初年度は売上の見通しが立ちにくいので、迷ったら低めから始めるのが実務上は取りやすい判断です。役員報酬は期の途中で下げにくく、高く設定して資金が回らなくなると、未払計上や借入といった余計な対応が必要になります。逆に会社に利益が残りすぎた場合は、翌期に報酬を見直す、決算賞与など別の方法を検討する、という選択肢が残ります。
決めた後の手続き|いつ・何を用意して・どこに出すか
役員報酬の額を決めたら、まず株主総会議事録(取締役会を置く会社なら必要に応じて取締役会議事録)を作成し、会社の書類として保管します。ひとり会社でも議事録は残してください。いつ・誰が・いくらに決めたのかを示す唯一の証拠になり、税務調査の場面でも確認されます。
次に、社会保険の手続きです。法人設立後は、日本年金機構へ新規適用の届出と、社長を含む被保険者の資格取得届を提出します。提出期限は短めに設定されているため、設立登記が完了したら早めに年金事務所へ確認するとよいでしょう。従業員を雇う場合は、労働保険(労災・雇用保険)の手続きも加わります。
源泉徴収の準備も必要です。役員報酬からは所得税を源泉徴収して納付することになり、税務署へ給与支払事務所等の開設届出書を提出します。納付のタイミングをまとめる特例の申請が使える場合もあるので、設立時の届出一式を税理士と一緒に洗い出しておくと漏れが減ります。
法人成りで妻への専従者給与はどうなる?
個人事業のときに使っていた青色事業専従者給与は、個人事業主の所得計算上の制度です。法人成りをすると事業主体が法人に変わるため、この枠組みはそのまま引き継げません。妻に支払う場合は、①役員(取締役)にして役員報酬を支払う、②従業員として雇用して給与を支払う、のどちらかを選ぶことになります。
どちらを選ぶかは、実際にどんな働き方をするかで考えます。経営の意思決定に関わり、勤務時間の概念が薄い働き方なら役員報酬、経理や事務を時間で担当し指揮命令のもとで働くなら従業員としての給与、という整理が基本線です。従業員給与は期中でも金額を変えやすい一方、役員報酬は定期同額のルールに縛られます。
どちらにしても、金額は「その仕事内容に見合っているか」が問われます。勤務実態がない、または職務内容に比べて高すぎると判断された場合、その一部が損金として扱われないことがあります。担当する業務の内容、かかっている時間、支払いの記録(振込履歴、タイムカード、業務メモなど)を残しておくことが、説明の土台になります。
妻を役員にするかどうか、判断の目安
妻を役員にするか従業員にするかで迷ったら、次の順に確認してみてください。第一に、経営判断に関わるかどうか。契約先の選定や資金繰りの判断に関与するなら役員が自然です。第二に、働き方が時間で管理されるかどうか。決まった時間に決まった作業をするなら、従業員として雇用する形が説明しやすくなります。
第三に、社会保険と扶養の扱いです。報酬額によっては妻自身が社会保険の被保険者になり、会社の保険料負担も増えます。扶養の範囲に収めたい場合と、しっかり働いて報酬を取る場合とでは設計が変わるため、希望する働き方を先に決めてから金額を決める順番がおすすめです。
なお、役員にすると原則として雇用保険の対象外になるなど、労務面の扱いも変わります。将来の育児休業や失業給付の扱いまで含めて考えたい場合は、社会保険労務士に確認したうえで決めると、あとから困りにくくなります。
途中で変更したくなったら|できること・できないこと
役員報酬は、原則として事業年度の途中で自由に変えられません。例外として、事業年度開始から3か月以内の改定、役員の地位や職務内容が大きく変わった場合の改定、業績の著しい悪化による減額など、認められる場面が定められています。ただし、どこまでが「著しい悪化」にあたるかは個別判断になります。
資金繰りが苦しくなったとき、実務でよく取られるのは「決めた額のまま未払計上し、支払いを一時的に止める」という対応です。この場合も会計・税務の処理が必要になるので、自己判断で支給を止める前に税理士へ相談してください。
逆に、想定より利益が出そうな場合も、期中に報酬を上げるのは難しいのが原則です。翌期の見直しを前提に、今期は決算対策として別の手段を検討する形になります。いずれにしても、役員報酬は「年に一度、決算期に合わせて設計し直すもの」と考えておくと、無理のない運用になります。
専門家に相談するときの整理のしかた
役員報酬の設計は、法人税・所得税・社会保険が同時に絡むため、ひとつの制度だけを見て決めると全体のバランスを崩しやすい論点です。相談の前に、①今期の売上・経費の見込み、②生活に必要な月々の金額、③妻や家族が関わる予定の業務内容、④会社に残したい資金の使い道、の4点をメモしておくと話が早く進みます。
税額や損金算入の判断は税理士、社会保険や雇用保険の適用範囲・家族の働き方の設計は社会保険労務士、役員の登記や機関設計に関わる部分は司法書士が窓口になります。設立直後であれば、税理士に一度まとめて相談し、必要に応じて他の専門家につないでもらう流れが取りやすいでしょう。
制度の詳細な要件は、国税庁や日本年金機構などの公式資料で最新の内容を確認してください。そのうえで、自社の数字に当てはめた判断は税理士・社会保険労務士にご相談ください。
よくある質問
法人成りした年の役員報酬は、いつまでに決めればいいですか。
設立初年度は、設立の日から3か月以内に決定するのが基本的な考え方とされています。株主総会で決議し、議事録を残したうえで、その事業年度中は毎月同額で支給する形が原則です。決算期によって期限が変わるため、設立直後に税理士へ確認しておくと安心です。
役員報酬はゼロにしてもいいですか。
ゼロに設定すること自体は可能で、初年度の売上が読めない場合に選ばれることもあります。ただし、報酬がないと社会保険の扱いや個人の生活費の出どころが問題になり、会社のお金を個人が使うと貸付金として整理が必要になることがあります。ゼロにする場合も、事前に税理士へ相談してください。
法人成りしたら、妻への専従者給与はそのまま続けられますか。
青色事業専従者給与は個人事業の制度のため、法人成り後はそのままの形では続けられません。妻を役員にして役員報酬を支払うか、従業員として雇用して給与を支払うかのいずれかに切り替えることになります。どちらが合うかは働き方の実態で判断します。
期の途中で役員報酬を下げることはできますか。
原則として事業年度の途中の変更は限られた場合にしか認められず、業績の著しい悪化など一定の事情が必要とされています。該当するかは個別判断になるため、支給を止めたり減らしたりする前に、必ず税理士に相談して処理方法を確認してください。