法人成りの資産・事業の引き継ぎ|事業譲渡契約書と営業権の扱い
会社を設立しても、個人事業で使っていた在庫・車・パソコン・敷金・リース契約が自動的に法人のものになるわけではありません。法人と個人は別人格なので、「何を、いくらで、いつ、どうやって移すか」を一件ずつ決めて、書面に残す必要があります。この記事では、資産の種類ごとの引き継ぎ方、事業譲渡契約書に書くこと、営業権(のれん)や消費税で迷いやすい論点を、判断の順番にそって整理します。
この記事の結論
- 法人成りの資産引き継ぎは、①引き継ぐ資産・負債の棚卸し→②引き継ぎ方法(譲渡・賃貸・名義変更・引き継がない)の決定→③価額の決定→④事業譲渡契約書の作成→⑤代金決済と仕訳、の順に進めるのが基本です。
- 棚卸資産・車両・機械などの事業用資産を法人へ移すことは、個人側では「事業としての譲渡」にあたり、消費税の課税事業者であれば課税売上として扱われることがあるため、対価の設定は税理士に確認してください。
- リース資産や賃貸借契約、売掛金・買掛金は勝手に移せないため、リース会社・貸主・取引先の承諾や名義変更の可否を確認したうえで、引き継ぐか個人に残すかを決めます。
法人成りで資産を引き継ぐとは?まず「別人格」から考える
個人事業主と法人は、法律上まったく別の主体です。社長個人が使っていたパソコンや車をそのまま会社の帳簿に載せるには、売る(譲渡)・貸す(賃貸借)・現物出資する、のいずれかの形を取る必要があります。何もしないまま法人の経費で修理費やガソリン代を払うと、後から「これは誰の資産なのか」が説明できなくなります。
そこで最初にやるのは、引き継ぎ候補の洗い出しです。個人事業の最後の決算書・青色申告決算書と固定資産台帳を手元に置き、(1)棚卸資産、(2)減価償却資産(車・機械・工具器具備品)、(3)一括償却資産・少額資産、(4)売掛金・買掛金・未払金、(5)前払費用(家賃・保険料・サブスク)、(6)敷金・保証金、(7)リース契約・賃貸借契約、(8)許認可や屋号、の順に一覧にします。
一覧ができたら、資産ごとに「法人へ譲渡」「個人が法人へ貸す」「引き継がず個人に残す」の3択でマークしていきます。迷ったら、その資産が今後の事業に日常的に使われるかどうかを基準にすると整理しやすくなります。事業に不可欠なものは法人へ、私用と混ざるもの(自宅兼事務所、家族共用の車など)は個人に残して賃貸借にする、という切り分けが実務ではよく使われます。
事業譲渡と個別売買、どちらで引き継ぐ?判断の順番
引き継ぎ方には大きく、①事業譲渡契約で資産・負債をまとめて移す方法、②資産ごとに個別の売買契約で移す方法、③設立時に現物出資として資本金に組み入れる方法があります。順番としては、まず③を検討するかどうかから決めます。現物出資は原則として検査役の調査など会社法上の手続きが関わるため、手間を避けたい場合は設立後に売買で移す方が簡便です。
次に①と②を比べます。在庫・備品・売掛金・取引先との契約まで一体で移し、事業そのものを丸ごと承継する実態があるなら①の事業譲渡契約が向きます。移すものが車1台とパソコン数台だけ、といった限定的なケースなら②の個別売買で足ります。判断に迷ったら、「移す資産が3種類以上あるか」「営業権(のれん)の対価を考えるか」を目安にし、当てはまるなら事業譲渡契約書にまとめる方が後から説明しやすくなります。
いずれの方法でも、法人側は代金を支払う必要があります。設立直後で資金が薄い場合は、分割払いや役員借入金(社長からの借入)として処理する形が取られることがあります。無償で移すと、個人側・法人側それぞれで課税関係が生じる可能性があるため、対価をゼロにする前に税理士へ相談してください。
資産の種類別|棚卸資産・減価償却資産・売掛金・前払費用の扱い
棚卸資産(在庫)は、法人成りの日に実地棚卸を行い、数量と単価を確定させます。一般に、通常販売する価額と比べて著しく低い対価で移すと、個人側で本来の価額で譲渡したものとみなされる取り扱いがあるとされています。仕入価額をそのまま使ってよいかは事業の状況によるため、価額の決め方は税理士に確認するのが安全です。
車両や機械などの減価償却資産は、個人事業の帳簿価額(未償却残高)を基準に価額を決めるのが実務上よく見られる方法です。ただし、中古市場での価値が帳簿価額と大きく離れている車などは、時価との差が問題になることがあります。法人側では取得価額に応じて改めて耐用年数を判定し、中古資産の耐用年数の考え方を使うことがあります。一括償却資産や少額資産として処理していたものは、残っている未償却分の扱いが個人側の申告に影響するため、これも個別の確認が必要です。
売掛金・買掛金は、取引先ごとに「個人で回収・支払いまで完結させる」か「法人に移す」かを決めます。移す場合は取引先の同意(債務引受や債権譲渡の通知)が必要になることがあり、実務では個人に残して回収し終えるほうが手続きが軽いこともあります。前払費用(前払いした保険料・年払いのサービス料)や敷金・保証金は、契約名義を法人に変えられるかが先です。名義変更できないものは、個人に残したまま法人が使用料を負担する形などを検討します。
法人成りのリース資産と契約の名義変更で気をつけること
リース資産は、所有者がリース会社であることが多く、利用者が勝手に法人へ移すことはできません。まずリース会社に連絡し、個人事業主から法人への契約承継(名義変更)ができるか、審査や保証人の差し入れが必要かを確認します。承継できない場合は、個人名義のまま継続し、法人が個人に対して相当額を支払う形にするか、途中解約して法人名義で契約し直すかの選択になります。
同じ発想は、事務所の賃貸借契約、車両保険、携帯電話や通信回線、クラウドサービス、クレジットカードにも当てはまります。契約先ごとに「法人契約に切り替えられるか」「切り替えに審査や書類(登記事項証明書・印鑑証明書)が必要か」を確認し、切り替え日を法人成りの日に合わせられるかを調整します。設立登記が完了しないと登記事項証明書は取得できないため、登記完了後すぐ動けるよう、必要書類のリストだけ先に集めておくと滞りません。
許認可は特に注意が必要です。建設業、飲食業、古物商、運送業などの許認可は個人に対して与えられているため、法人成りでは原則として取り直しになる、という考え方が一般的です。許認可が切れる期間があると営業できなくなるおそれがあるので、所管の窓口に手続きの順序とスケジュールを早めに確認し、必要に応じて行政書士や弁護士に相談してください。
営業権(のれん)と消費税|法人成りで迷いやすい論点
営業権(のれん)は、得意先・ブランド・ノウハウなど、個別の資産に表れない超過収益力の対価です。法人成りでは、目に見える資産だけを移すなら計上しないことも多い一方、顧客基盤やブランドが収益の中心である事業では、営業権の対価を設定するケースがあります。ただし金額の根拠づけが難しく、高く設定すれば個人側の所得が増え、低くすれば妥当性を問われる可能性があるため、計上するかどうかは税理士と方針を決めてから契約書に反映させてください。
消費税については、個人側が課税事業者(インボイス発行事業者を含む)である場合、法人への資産の移転が課税取引として扱われることがあります。また、著しく低い対価や無償で移したときに、時価で譲渡したものとみなす取り扱い(いわゆるみなし譲渡)が論点になることがあります。土地や一部の債権のように課税の対象外・非課税とされるものもあり、資産ごとに区分して契約書に記載しておくと、後の申告で整理しやすくなります。
仕訳のイメージとしては、法人側は「棚卸資産/車両運搬具/工具器具備品 *** / 未払金(または役員借入金)***」、個人側は事業廃止年分の申告で譲渡した資産の処理を行う、という流れになります。資産の種類によって、事業所得として扱うもの、譲渡所得として扱うものが分かれるとされているため、個人の最後の確定申告とセットで組み立てるのが実務的です。
事業譲渡契約書に何を書く?作成と保存の手順
事業譲渡契約書は、法人成りの日(引き継ぎの基準日)が決まったら作成します。用意するものは、個人事業の固定資産台帳、実地棚卸の結果、売掛金・買掛金の残高一覧、引き継ぐ契約の一覧、法人の登記事項証明書と代表者印です。契約書は個人(譲渡人)と法人(譲受人)の二者で締結し、社長が両方の当事者になるため、利益相反の観点から取締役会または株主総会での承認手続きが必要になる場合があります。ひとり社長の会社でも、株主総会議事録を残しておくと説明しやすくなります。
記載する主な項目は、①譲渡する資産・負債の明細(別紙一覧でも可)、②譲渡日(基準日)、③譲渡価額と内訳(棚卸資産・固定資産・営業権など区分し、消費税の扱いを明記)、④代金の支払方法と期日、⑤引き継ぐ契約・引き継がない契約、⑥従業員の取扱い、⑦危険負担や表明保証、⑧契約に定めのない事項の協議条項です。金額の根拠となった台帳や棚卸表も、契約書と一緒に保存しておきます。
提出先がある書類ではありませんが、契約書は税務調査や金融機関との取引の際に説明資料になります。印紙税の要否は契約の内容によって変わるため、国税庁の資料で確認するか、税理士に確認してください。あわせて、個人事業の廃業届や給与支払事務所等の廃止届、法人の設立届など、税務署・都道府県・市区町村への届出の期限も同じ時期に重なります。提出先ごとに期限をカレンダーに書き出しておくと漏れを防げます。
資産の引き継ぎは、金額の決め方ひとつで個人・法人双方の申告に影響します。棚卸資産や車両の価額、営業権の有無、消費税の取扱い、リースや許認可の承継可否は、事業の実態によって結論が変わるため、法人成りの日を決める前の段階で税理士に、契約書や許認可の手続きは司法書士・行政書士・弁護士に相談することをおすすめします。
よくある質問
法人成りのとき、資産は簿価で譲渡してよいのでしょうか?
減価償却資産について、個人事業の帳簿価額(未償却残高)を基準に価額を決める方法は実務でよく用いられます。ただし、中古市場の時価と大きく離れる資産や棚卸資産では、時価を基準に判断が必要になることがあります。金額の妥当性は事業の内容によって変わるため、税理士にご確認ください。
事業譲渡契約書がないと、法人成りの資産引き継ぎはできませんか?
契約書がなくても売買自体は成立し得ますが、法人と個人は別人格のため、何をいくらで移したのかを示す書面がないと後から説明できません。資産が複数あるなら事業譲渡契約書、限定的なら個別の売買契約書という形で、明細と価額を残しておくことをおすすめします。
法人成りで売掛金や買掛金も法人に移すべきですか?
移す場合は取引先の同意や通知が必要になることがあり、手続きが増えます。個人事業で発生した分は個人で回収・支払いまで完結させ、法人成り以後の取引から法人名義にする方法も広く取られています。取引先との関係や資金繰りを見て決め、迷う場合は税理士に相談してください。
リース中の車を法人に引き継ぐには何をすればよいですか?
まずリース会社に連絡し、個人から法人への契約承継が可能か、審査や書類が必要かを確認します。承継できない場合は、個人名義のまま継続して法人が相当額を負担する方法や、解約して法人名義で契約し直す方法を検討します。条件は契約ごとに異なるため、各社の公式窓口で最新の取扱いを確認してください。