雇用契約書にサイン後に辞退されたとき|会社側の対応と取り消しの扱い
「雇用契約書にサインをもらったのに、入社の一週間前に辞退したいと連絡が来た」。人を採り始めた小さな会社が、かなりの確率で一度は通る場面です。ここで慌てて「契約したのだから来てもらう」と押してしまうと、あとから別のトラブルに発展することがあります。この記事では、サイン後の辞退に会社側がどう向き合うか、何をどの順番で巻き戻すかを、実務の流れに沿って整理します。
この記事の結論
- 雇用契約書にサインがあれば労働契約は成立していると扱われるのが一般的ですが、成立していても働く側からの解約の申し入れは認められており、会社が出社を強制することは難しいと考えられます。
- 会社側の実務は「辞退の意思を書面やメールで残す→入社日の取り消し連絡→社会保険・入社準備・他の候補者の順で巻き戻す」の順に進めるのが整理しやすい流れです。
- 会社の側から契約を取り消す場合は、成立後であれば解雇に近い扱いとなることがあるため、独断で通知せず社会保険労務士や弁護士に相談してから進めてください。
雇用契約書にサイン後の辞退は「取り消し」なのか
雇用契約書(または労働条件通知書兼雇用契約書)に双方が署名・押印した時点で、労働契約は成立していると扱われるのが一般的です。ですから、入社前に本人から届く「辞退したい」という連絡は、正確には契約の取り消しというより、成立した契約を働き始める前に解約したいという申し入れに近いものと理解しておくと、その後の判断がぶれません。
一方で、労働契約は働く人の意思に反して継続を強いることが想定されていない契約です。期間の定めのない契約であれば、働く側からの解約の申し入れは認められており、一定の予告期間を置いて終了すると考えられています。つまり、サインがあるからといって会社が出社を強制したり、辞退を認めないと突っぱねたりするのは現実的ではありません。
実務上は「契約は成立していたが、本人からの申し入れで入社前に終了した」という形で処理することになります。社内では「内定取消」や「辞退」と言葉が混ざりがちですが、誰の意思で終わったのかは後々の説明で効いてくるので、記録の上では区別しておくことをおすすめします。
辞退の連絡が来たら、まずこの順に対応する
最初にやることは、辞退の意思を形に残すことです。電話で連絡が来た場合は、その場で感情的に引き止めず、「承知しました。確認のため、辞退される旨をメールでもお送りいただけますか」と依頼します。本人の名前・辞退する旨・日付が残っていれば十分です。連絡が取れない場合は、会社側から「◯月◯日のお電話で辞退のご意向を伺いました」という確認メールを送り、返信をもらう形でも記録になります。
次に、入社日を前提に動いていたものを止めます。優先順位は、期限があるものから。社会保険や雇用保険の手続きを済ませていれば取り下げや訂正の要否を確認し、給与計算システムへの登録、入館証やPCアカウント、名刺や制服の発注、入社式や研修の参加者リストといった順に戻していきます。外部に発注済みのものは、キャンセル可否と期限を先に確認しておくと落ち着いて動けます。
最後に採用側の巻き戻しです。他の候補者に不採用の連絡を出してしまっている場合、改めて声をかけるかどうかを検討します。求人を取り下げていたなら再掲載の手配も必要です。ここまでを一日か二日でまとめて片づけるより、チェックリストにして担当者を割り振ったほうが漏れが出にくくなります。
損害賠償や違約金を請求できるのか
制服代や研修費用、他の候補者を断ったことによる採用コストなど、会社側に実費が発生していることは珍しくありません。ただ、あらかじめ「辞退したら違約金を支払う」といった取り決めを置くことは、労働関係の法令上、認められにくいと考えられています。契約書に書いたから請求できる、という単純な話にはなりません。
実際に生じた損害の賠償を求めること自体が常に否定されるわけではありませんが、入社前の辞退を理由に会社が賠償を得られる場面はかなり限定的だと考えられています。回収できる金額と、請求にかかる手間や関係悪化のリスクを比べると、実務では請求を見送る判断が多くなります。判断に迷う事情がある場合は、弁護士に個別に相談してください。
現実的な対策は、請求より予防です。高額な備品の発注や研修の手配は入社日に近づけてから行う、入社前に費用が発生するものは本人に事前に説明しておく、といった運用のほうが結果的にコストを抑えられます。
会社の側から取り消したいときは扱いが変わる
逆に、契約書にサインをもらったあとで会社側の事情が変わり、入社を取りやめたいというケースもあります。この場合、契約が成立している以上、会社からの一方的な取り消しは解雇に近いものとして扱われることがあり、働く側からの辞退とは重みがまったく違います。業績の悪化や配属先の変更といった会社都合の理由では、認められにくい場面があります。
本人に経歴の重大な偽りがあった、業務に必要な資格が取得できなかった、健康上の理由で予定した業務に就けないことが判明したなど、事情によって判断は変わります。いずれにせよ、社内の判断だけで「入社の話はなかったことに」と連絡するのは避けてください。通知の仕方や時期によっては、賃金相当額の支払いを求められることもあります。
会社側から取り消す可能性が少しでもあるなら、連絡を出す前に社会保険労務士や弁護士に相談し、理由の整理と通知文面の確認をしてもらうのが安全です。先に口頭で伝えてしまうと、あとから軌道修正するのが難しくなります。
雇用契約書にサインしない・受け取らない人への対応
「契約書を渡したのに署名して返してくれない」「労働条件通知書を受け取らない」という相談もよくあります。まず押さえておきたいのは、労働条件の明示は会社側の義務であり、本人が受け取らなくても会社が明示していないことにはならないよう、送付の記録を残しておくという点です。メールで送る場合は本人の同意を得たうえで送り、送信履歴を保存しておきます。
署名が返ってこない場合、理由を確認することが先です。条件に納得していないのか、内容が理解できていないのか、単に手続きを忘れているだけなのかで打ち手が変わります。条件面に疑問があるなら入社前に話し合ったほうがよく、そこで折り合わずに辞退となるほうが、入社後にこじれるよりは双方にとって負担が少ないこともあります。
なお、署名がなくても、双方の合意があって実際に働き始めていれば労働契約は成立していると考えられます。署名の有無は契約の有無そのものというより、条件を確認し合った証拠としての意味が大きいと理解しておくとよいでしょう。だからこそ、入社日までに回収する運用にしておくことが大切です。
辞退を減らす・起きても慌てない仕組みづくり
辞退そのものをゼロにはできませんが、起きる確率と痛手は減らせます。ひとつは、契約書を渡してから入社日までの期間をなるべく短くし、その間の連絡を切らさないこと。書類を送って終わりにせず、入社前に一度は業務内容や初日の流れを共有する機会を設けると、不安からの辞退が減ることがあります。
もうひとつは、社内のフローを文書にしておくことです。「辞退の連絡が来たら誰が受けて、どの手続きを止めるか」を一枚にまとめておけば、担当者が慌てずに済みます。社会保険の手続き、備品発注、求人の再掲載など、止める先をあらかじめ列挙しておくだけでも違います。
採用が続く規模になってきたら、労働条件通知書と雇用契約書の様式そのものを一度点検しておくのもおすすめです。明示すべき事項や記載の仕方は制度改正で変わることがあるため、最新の内容は厚生労働省の資料で確認するか、社会保険労務士に見てもらうと安心です。
入社前の辞退や取り消しは、金額こそ小さくても、対応を誤ると労務トラブルの入口になります。会社側から契約を取り消したい場合、賠償を検討したい場合、就業規則や契約書の様式を整えたい場合は、社会保険労務士や弁護士に早めに相談してください。
よくある質問
雇用契約書にサインした後でも、本人は辞退できますか。
契約が成立していても、働く側からの解約の申し入れは認められていると考えられており、会社が出社を強制することは難しいのが実情です。会社としては辞退の意思を書面やメールで残し、入社準備を巻き戻す方向で対応するのが現実的です。
辞退した人に、採用にかかった費用を請求できますか。
あらかじめ違約金を定めることは認められにくく、実際に生じた損害の請求も認められる場面は限られると考えられています。請求を検討する事情がある場合は、金額や経緯を整理したうえで弁護士に相談してください。
会社の都合で入社を取りやめたい場合はどうなりますか。
契約が成立した後の会社からの取り消しは、解雇に近いものとして扱われることがあり、認められにくい場面があります。通知を出す前に、社会保険労務士や弁護士に理由と文面を確認してもらうことをおすすめします。
雇用契約書に署名してもらえないまま入社日を迎えたらどうしますか。
署名がなくても、合意があって働き始めていれば契約は成立していると考えられますが、条件の食い違いが後から表面化しやすくなります。労働条件通知書を送った記録を残し、署名が返らない理由を確認したうえで、入社前に条件をすり合わせてください。