個人事業主から法人成りする手続き|廃業届と資産・契約の引き継ぎ
個人事業が軌道に乗ってくると、「そろそろ法人にしたほうがいいのでは」と考えるタイミングが来ます。ただ、法人成りは会社をつくって終わりではありません。個人事業の廃業手続き、取引先との契約の巻き直し、口座やカードの切り替え、社会保険の加入まで、やることが同時並行で走ります。この記事では、法人化の準備から個人事業の締めくくりまでを時系列で整理し、「今どこまで進んでいて、次に何をすればいいか」が分かる形でまとめます。
この記事の結論
- 法人成りとは、個人事業主が事業を法人に引き継いで会社として営む形に切り替えることで、会社設立の登記と、個人事業の廃業届などの税務手続きをセットで行います。
- 手順は「設立内容を決める→定款作成・認証→出資金の払込→設立登記→法人の税務・社会保険の届出→個人事業の廃業届と最後の確定申告」の順に進むのが基本です。
- 資産・契約・口座は自動では法人に移らないため、車両や備品の引き継ぎ方法、賃貸借契約や取引基本契約の名義変更を一つずつ棚卸しする必要があります。
法人成りとは?個人事業を続ける場合と何が変わるか
法人成りとは、個人事業主として営んでいた事業を、新しく設立した会社に引き継いで運営していくことをいいます。事業の中身が同じでも、法律上は「個人」と「法人」という別の人格に変わるため、契約の当事者も、納税する主体も、お金の管理方法も入れ替わります。ここを曖昧にしたまま進めると、後から「この売上は個人と法人のどちらのものか」が分からなくなりがちです。
変わる点は大きく三つあります。ひとつ目は税金で、所得税・個人住民税の課税から、法人税等と役員報酬に対する所得税という形に変わります。ふたつ目は社会保険で、法人になると役員報酬を出す場合に健康保険・厚生年金の適用対象となる扱いが基本です。三つ目はお金の出し入れで、会社のお金を自由に引き出すことはできず、役員報酬や経費精算という形を通す必要があります。
「法人化すると税金が軽くなる」と一般論で語られることがありますが、利益の水準、家族への給与、社会保険料の負担、消費税の扱いなどによって結果は大きく変わります。判断の前に、直近の決算内容を持って税理士に試算してもらうのが安全です。
株式会社と合同会社、個人事業主からはどちらを選ぶ?
法人成りで実際に迷いやすいのが、株式会社と合同会社の選択です。判断の順番としては、まず「取引先や採用の場面で会社の形態を見られるか」を考えます。大企業との取引や、金融機関・許認可が絡む事業、将来的な出資受け入れを視野に入れるなら、株式会社を選ぶ理由が立ちます。
次に「設立と維持の手間をどこまで抑えたいか」を見ます。合同会社は定款の認証が不要で、設立時の書類も比較的シンプルです。決算公告の義務がない点や、役員の任期の考え方が違う点も、ひとり社長にとっては運用負担の差になります。具体的な費用は登録免許税や専門家報酬によって変わるため、法務局や専門家の公式な案内で最新の金額を確認してください。
ひとりで受託業務を続けるタイプの事業で、当面は出資を受ける予定がないなら合同会社、対外的な信用や将来の資金調達を重く見るなら株式会社、という整理が出発点になります。なお、合同会社から株式会社への組織変更は後からでも可能ですが、別途手続きと費用がかかります。
法人化の手続きの流れ|設立前に決めることと必要書類
設立前にまず決めるのは、商号(会社名)、本店所在地、事業目的、資本金の額、事業年度、役員構成の六つです。事業目的は登記簿に載り、許認可の可否にも関わるため、現在の事業と、近い将来にやる可能性がある事業まで含めて書き方を検討します。事業年度は、繁忙期と決算作業が重ならない月末を選ぶのが実務上は扱いやすくなります。
必要なものとしては、発起人・役員の印鑑証明書、会社実印、出資金を払い込む個人口座が代表的です。流れとしては、定款を作成し(株式会社は公証役場で認証)、資本金を払い込み、払込証明書を含む登記書類一式を本店所在地を管轄する法務局へ提出します。登記が完了したら、登記事項証明書と印鑑証明書を必要部数取得しておくと、その後の口座開設や届出がスムーズです。
登記後は、税務署へ法人設立届出書と青色申告の承認申請書、給与支払事務所等の開設届出書など、都道府県・市区町村へ法人設立の届出を提出します。役員報酬を出すなら、年金事務所への健康保険・厚生年金保険の新規適用手続きも必要です。提出期限が設けられている書類があるため、国税庁・日本年金機構の最新の案内で確認しながら進めてください。
個人事業の廃業手続き|廃業届と最後の確定申告
会社の登記が終わったら、個人事業側を締めくくります。税務署には「個人事業の開業・廃業等届出書(廃業届)」を提出し、青色申告をしていた場合は「所得税の青色申告の取りやめ届出書」も併せて提出するのが一般的です。予定納税をしている場合の減額申請や、都道府県税事務所への事業廃止の届出が必要になることもあります。
消費税の課税事業者だった場合は「事業廃止届出書」など、消費税関係の手続きも出てきます。インボイス発行事業者として登録している場合、登録の取扱いや、法人として改めて登録が必要かどうかは個別の事情で変わるため、国税庁の案内を確認するか、税理士に相談してください。個人の登録番号がそのまま法人に引き継がれるわけではない点は押さえておきたいところです。
廃業した年の分については、個人として最後の確定申告を行います。事業を引き継いだ日までの売上・経費を個人で締め、それ以降を法人の帳簿に入れる、という線引きが基本です。棚卸資産や減価償却資産の扱い、事業用の借入金の引き継ぎは処理が分かれるため、決算書を見ながら専門家に確認すると安心です。
資産・契約・口座の引き継ぎでつまずきやすいポイント
法人成りで最も見落とされやすいのが、「会社をつくっても、個人名義のものは自動では法人に移らない」という点です。まず手元の資産を棚卸しし、事業用の車両、パソコンや工具などの備品、棚卸資産、ソフトウェアのライセンスを一覧にします。そのうえで、法人へ売買する、現物出資する、賃貸借にする、といった引き継ぎ方法を選びます。方法によって個人側の所得計算や消費税の扱いが変わることがあるため、事前に税理士に相談してから実行するのが無難です。
契約関係は、事務所の賃貸借契約、取引先との基本契約、リース、携帯電話や通信回線、各種サブスクリプション、損害保険を洗い出します。賃貸借契約は貸主の承諾が必要になることが多く、時間がかかりがちなので早めに動きます。取引先には、法人化の時期、新しい請求名義、振込先口座を書面やメールで案内し、いつの取引分から法人名義になるかを明確に伝えます。
お金まわりでは、法人口座の開設、クレジットカードの切り替え、決済サービスやネットショップの契約者変更が必要です。法人口座の開設には審査があり、登記完了直後すぐに使えるとは限らないため、開設が済むまでの入出金をどう扱うかも決めておきます。許認可が必要な事業の場合は、個人の許認可を法人が引き継げないケースもあるので、所管官庁に取得し直しの要否を確認してください。
法人成りチェックリスト|抜けを防ぐ確認順
進め方に迷ったら、次の順で確認すると抜けが減ります。①設立内容(商号・目的・本店・資本金・事業年度・役員)を決める、②定款作成と認証、資本金の払込、③法務局へ設立登記を申請、④登記事項証明書・印鑑証明書を取得、⑤税務署・自治体へ法人の設立届出と青色申告の申請、⑥年金事務所へ社会保険の手続き、⑦法人口座の開設。ここまでが「法人をつくる」側の作業です。
続いて個人事業側です。⑧取引先・貸主・各種契約先への名義変更の案内、⑨資産の引き継ぎ方法の決定と契約書の作成、⑩税務署へ廃業届・青色申告の取りやめ届出書、消費税関係の届出、⑪個人としての最後の確定申告、⑫国民健康保険・国民年金から社会保険への切り替え。⑪は年をまたぐ作業になるため、他と分けて管理すると混乱しません。
最後に、法人としての運用ルールを決めます。役員報酬の金額と支給日、経費精算の方法、会計ソフトの法人への切り替え、請求書の書式、帳簿の保存方法です。電子帳簿保存法やインボイス制度への対応は、要件が細かく更新されることがあるため、国税庁の最新資料を確認しながら整えてください。
法人成りは、税務・労務・登記が同時に動く数少ない場面です。資産の引き継ぎ方法や役員報酬の設定は税理士に、社会保険の加入手続きは社会保険労務士に、登記の内容や定款の書き方は司法書士に、早い段階で相談しておくと、後戻りの少ない形で進められます。
よくある質問
法人成りしたら、個人事業の廃業届はいつ出しますか?
一般には、事業を廃止した日から1か月以内に税務署へ提出するものとされています。青色申告の取りやめ届出書や消費税関係の届出も併せて必要になることがあるため、提出期限と書類の組み合わせは国税庁の案内で確認するか、税理士にご相談ください。
個人事業で使っていた車やパソコンは、そのまま法人で使えますか?
名義は自動では移らないため、法人へ売買する、現物出資する、個人から法人へ賃貸するなど、引き継ぎ方法を決める必要があります。方法によって個人側の所得計算や消費税の扱いが変わることがあるので、実行前に税理士に確認すると安心です。
法人化にかかる費用はどれくらいですか?
登録免許税や定款認証の有無、専門家に依頼するかどうかで変わり、株式会社と合同会社でも異なります。金額は改定されることがあるため、法務局や公証役場の公式な案内、依頼先の見積もりで最新の金額を確認してください。
法人成り後も国民健康保険のままで大丈夫ですか?
法人で役員報酬を出す場合、健康保険・厚生年金の適用対象となる扱いが基本です。加入手続きは年金事務所で行い、市区町村での国民健康保険の資格喪失手続きも必要になります。判断に迷う場合は社会保険労務士にご相談ください。