法人成りで従業員を引き継ぐ|有給・雇用保険・退職金の扱い

・会社設立・登記・会社のはじめかた編集部(監修:田中 祐介)

個人事業で一緒に働いてきた従業員を、法人成りのタイミングでどう引き継ぐか。「同じ人が同じ場所で同じ仕事を続けるだけ」に見えても、法律上は個人事業主と法人は別の雇い主です。有給休暇の日数、雇用保険の被保険者番号、退職金の勤続年数――どれも「そのまま自動で続く」わけではなく、手続きと決め方があります。この記事では、何をどの順番で決め、いつどこに何を出すのかを整理します。

この記事の結論

  • 個人事業主と法人は法律上別人格のため、法人成りでは従業員と法人との間で雇用契約を結び直すのが原則ですが、実質的に労働関係が継続していると評価される場合、年次有給休暇の勤続年数は通算して扱われるのが一般的な考え方です。
  • 雇用保険は、事業の実態が引き継がれていれば被保険者としての資格を継続させる取り扱いが想定されるため、離職票を出す前にハローワークへ「法人成りで事業を引き継ぐ」旨を伝えて確認するのが安全です。
  • 退職金は、個人事業廃止時にいったん精算する方法と、法人が勤続年数を通算して引き継ぐ方法があり、どちらを選ぶかで税務上の扱いも変わるため、決める前に税理士へ確認してください。

法人成りで従業員はどうなる?まず「別人格」を押さえる

法人成りとは、個人事業を廃止して、新しく設立した法人が同じ事業を行う形にすることです。事業の中身も働く人も変わらなくても、雇い主は「個人事業主である〇〇さん」から「株式会社〇〇」という別の法人格に変わります。契約の相手が変わる、という点がすべての手続きの出発点です。

そのため実務では、従業員一人ひとりと法人との間で雇用契約を結び直す(労働条件を書面で通知し直す)のが基本になります。給与や勤務時間などの条件をそのまま引き継ぐ場合でも、「誰と誰の契約か」が変わる以上、書面を作り直しておいたほうが後々の説明がしやすくなります。

一方で、従業員から見れば職場も仕事も変わりません。ここで説明が足りないと「いったん退職して入り直すの?」「有給はゼロに戻るの?」という不安が生まれます。手続きに入る前に、有給・雇用保険・退職金の3点について会社としての方針を決め、口頭と書面の両方で伝えておくと混乱が起きにくくなります。

法人成りで有給休暇は引き継げる?勤続年数の通算の考え方

年次有給休暇の日数は、継続勤務年数に応じて増えていきます。法人成りで形式的に雇い主が変わった場合でも、勤務の実態が途切れず続いていると評価されるときは、個人事業時代からの勤続年数を通算して有給を計算する扱いが一般的とされています。事業の同一性が保たれ、従業員がそのまま引き継がれているケースがこれにあたります。

逆に、法人成りを機にいったん全員を退職させ、退職金を精算し、募集をやり直して別の条件で採用し直した――というように、労働関係がいったん明確に切れたと言える場合は、通算されないこともあります。つまり「形式」ではなく「実質的に続いているかどうか」で判断される、という理解が近いです。

迷ったら、次の順で確認してください。①従業員をそのまま引き継ぐか(引き継ぐなら通算する前提で設計する)、②未消化の有給日数と、次の有給付与日(基準日)を一覧にする、③法人の就業規則・労働条件通知書に「個人事業時代の入社日を勤続起算日とする」旨を明記する。基準日を法人設立日にそろえたい場合は、従業員に不利にならない形にする必要があるため、社会保険労務士に設計を確認しておくと安心です。

雇用保険・労災の手続きは、いつどこに何を出す?

雇用保険は、事業所単位の手続きと、被保険者一人ひとりの手続きの2階建てです。法人成りのように事業の実態が引き継がれる場合は、従業員を離職扱いにせず被保険者資格を継続させる取り扱いが想定されます。安易に離職票を出してしまうと、後から訂正が必要になることがあるため、届出の前に管轄のハローワークへ「個人事業を廃止して法人成りし、従業員をそのまま引き継ぐ」と伝えて、必要な届出の種類を確認するのが確実です。

用意するものは、法人の登記事項証明書、法人番号が分かる書類、賃金台帳・出勤簿・労働者名簿、雇用契約書(労働条件通知書)、個人事業時代の雇用保険適用事業所番号が分かる書類などが一般的です。提出先は、雇用保険がハローワーク、労災を含む労働保険の成立や事業所の変更は労働基準監督署(またはハローワーク)と覚えておくと整理しやすくなります。

タイミングは、法人の設立登記が完了し、法人としての事業開始日が決まってからです。設立登記後は各種届出に期限が定められているものが多いため、登記完了の連絡が来たらすぐ動けるよう、必要書類を先にそろえておくとスムーズです。期限や様式は改正されることがあるので、厚生労働省やハローワークの最新の案内を確認してください。

社会保険(健康保険・厚生年金)はどう変わる?

個人事業のときは、業種や従業員数によって健康保険・厚生年金の適用対象になるかどうかが分かれます。従業員が国民健康保険・国民年金だった、というケースも珍しくありません。一方、法人になると、社長ひとりの会社であっても原則として社会保険の適用事業所となる、という考え方が基本です。

そのため法人成りでは、年金事務所へ新規適用の届出を行い、あわせて社長を含む対象者の被保険者資格取得の届出を提出する流れになります。扶養家族がいる場合は、扶養の届出も同時に必要です。届出には登記事項証明書や法人番号が分かる書類、給与額が分かる資料などを求められるのが一般的です。

従業員にとっては、保険料の負担額や手取りが変わる可能性がある、という点が一番の関心事です。国民健康保険から健康保険へ切り替わる、配偶者の扶養の考え方が変わる、といった変化は事前に説明しておきましょう。個別の保険料額は給与額や地域によって変わるため、日本年金機構や各保険者の公式サイトで最新の情報を確認してください。

法人成りで退職金はどうする?精算と引き継ぎ、判断の順番

退職金には大きく2つの考え方があります。1つは、個人事業を廃止する時点でいったん退職金を精算して支払い、法人での勤続年数はゼロから数え直す方法。もう1つは、精算せず、個人事業時代の勤続年数を通算したうえで、将来の退職時に法人がまとめて支払う方法です。

判断は次の順で考えると整理しやすくなります。①そもそも退職金の制度があるか(就業規則や退職金規程に定めがあるか、慣行として支払ってきたか)。②中小企業退職金共済など外部の制度に加入しているか(加入している場合は、制度ごとに事業主変更の手続きや通算の取り扱いが定められています。運営団体の案内を必ず確認してください)。③精算に充てられる資金が個人事業側にあるか。④従業員にとって不利にならないか。

注意したいのは、税務上の扱いです。退職金として支払う場合の課税関係や、法人が通算して支払うときに個人事業時代の期間をどう扱うかは、状況によって判断が分かれることがあります。「精算したほうが有利」「通算したほうが有利」と一般論で決めず、実際の金額と時期を出したうえで税理士に確認してください。また、どちらを選ぶにしても、法人の退職金規程に勤続年数の起算日を明記しておくと、後の争いを避けやすくなります。

手続きの順番とスケジュール、伝え方のポイント

実務の流れは、おおむね次の順になります。①法人成りの方針と、有給・退職金の取り扱いを決める → ②従業員に説明し、新しい労働条件を書面で通知する → ③法人の設立登記を行う → ④登記完了後、労働保険・雇用保険・社会保険の各届出を提出する → ⑤個人事業の廃業に関する届出を税務署等へ提出する → ⑥給与計算と社会保険料の控除を法人側に切り替える。

このうち見落としやすいのが、就業規則と給与計算の切り替えです。常時10人以上の従業員がいる事業場では就業規則の作成・届出が求められますので、法人名義で作り直し、労働基準監督署へ提出する必要があります。給与計算は、締め日・支払日が個人事業と法人にまたがる月の処理が複雑になりがちなので、どの給与から法人払いにするかを先に決めておきましょう。

従業員への説明は、「雇い主の名前が変わるだけで、有給はこう引き継ぐ、保険はこう変わる、退職金はこう扱う」という3点を紙1枚にまとめて配るのが効果的です。口頭だけだと誤解が残ります。説明のタイミングは、設立登記の前、条件が固まった段階が理想です。

迷ったら誰に相談する?

論点ごとに相談先が違います。有給の通算、雇用保険・社会保険の届出、就業規則や退職金規程の整備は社会保険労務士。退職金の精算・通算に伴う課税関係や、個人事業から法人への資産の引き継ぎは税理士。会社の設立登記そのものは司法書士が主な相談先です。

特に、退職金をいったん精算するか通算するかは、金額が大きくなりやすく、後から変更しにくい論点です。従業員の人数が数人でも、決める前に一度、税理士と社会保険労務士に状況を伝えて確認しておくことをおすすめします。制度や様式は改正されることがあるため、最新の要件は所管官庁の資料もあわせてご確認ください。

よくある質問

法人成りすると、従業員の有給休暇はゼロにリセットされますか。

事業の実態が引き継がれ、従業員がそのまま勤務を続ける場合は、個人事業時代からの勤続年数を通算して有給を計算する扱いが一般的とされています。未消化分の日数もあわせて引き継ぐかどうかを含め、労働条件通知書や就業規則に明記しておくと安心です。個別の設計は社会保険労務士にご確認ください。

法人成りのとき、従業員に離職票を出す必要はありますか。

事業を引き継ぎ、従業員が続けて働く場合は、離職ではなく被保険者資格を継続させる取り扱いが想定されるため、離職票を出さないケースが一般的です。誤って離職手続きをすると訂正が必要になることがあるので、届出の前に管轄のハローワークへ事情を伝えて確認してください。

退職金の勤続年数は、個人事業時代から通算できますか。

法人の退職金規程で、個人事業時代の入社日を起算日とすると定めれば、通算する運用は可能です。ただし、支払時の課税関係や、外部の退職金共済制度を使っている場合の取り扱いは状況によって異なります。決める前に税理士と、加入している制度の運営団体に確認してください。

社会保険の手続きは、いつまでに何を出せばよいですか。

法人の設立登記が完了し事業を開始したら、年金事務所へ新規適用の届出と、対象者の資格取得の届出を提出します。登記事項証明書や給与額が分かる資料などが必要になるのが一般的です。期限や様式は変更されることがあるため、日本年金機構の最新の案内を確認してください。

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この記事は一般的な情報をまとめたものです。税務・法務・労務の個別の判断については、税理士・弁護士・社会保険労務士などの専門家にご相談ください。 料金や条件は変わることがあるため、お申し込み前に必ず各サービスの公式サイトで最新の内容をご確認ください。