役員に雇用契約書は必要か|委任契約との違いと整える書類

・採用・労務・会社のはじめかた編集部(監修:田中 祐介)

「従業員には雇用契約書を作ったけれど、社長や取締役の分はどうするんだろう」。会社をつくって最初の決算や、最初の社会保険手続きのタイミングで、多くの人がここで手が止まります。役員と会社の関係は、従業員とは前提が違うため、そろえる書類も変わります。この記事では、役員に雇用契約書がいるのかという問いに対して、委任契約という考え方、使用人兼務役員というグレーに見えるケース、そして実際に手元に用意しておきたい書類を、整える順番でまとめます。

この記事の結論

  • 取締役などの役員と会社の関係は委任契約と整理されるのが一般的で、労働者を前提とした雇用契約書や労働条件通知書は通常そろえません。
  • 代わりに、株主総会議事録(選任・報酬決定)、就任承諾書、必要に応じて役員委任契約書や役員規程をそろえるのが基本の形です。
  • 部長などの従業員としての立場を兼ねる使用人兼務役員は、従業員部分について雇用契約書・労働条件通知書を整え、職務と報酬の内訳を分けて記録しておきます。

役員に雇用契約書は必要か|まず「委任」と「雇用」を分ける

結論から言うと、取締役・監査役といった役員について、従業員と同じ雇用契約書や労働条件通知書を用意するのが一般的な実務ではありません。会社法では、会社と役員の関係は委任に関する規定に従うとされており、会社が役員に「仕事を任せる」関係と整理されます。一方、従業員は会社の指揮命令のもとで労働を提供し、その対価として賃金を受け取る雇用の関係です。

この違いは、単なる呼び方の問題ではありません。雇用であれば労働基準法や労働契約法が適用され、労働時間や残業代、解雇のルールが関わります。委任であれば、任期や解任、報酬の決め方は会社法と定款・株主総会の決議によって動きます。役員に雇用契約書を作ってしまうと、この二つの枠組みが混ざり、後から「実態は労働者ではないか」という争点を生むことがあります。

ただし、名刺やホームページ上の肩書きだけで判断されるわけではありません。取締役という肩書きでも、実態として社長の指揮命令下で決まった時間に働き、役員会にも実質的に関与していない場合は、労働者として扱われることがあります。書類と実態の両方をそろえる、という発想が出発点になります。

労働条件通知書は役員に必要?「役職」との違いに注意

労働条件通知書は、会社が労働者を雇い入れるときに、賃金や労働時間などの条件を書面などで明示するためのものです。あくまで労働者に対するものなので、委任関係にある役員に対して交付する前提にはなっていません。ここで検索の際に混同されやすいのが、「役員」と「役職」です。

部長・課長・マネージャーといった役職は、従業員の社内での立場を示すもので、労働者であることに変わりはありません。ですから、役職者への労働条件通知書は通常どおり必要です。管理監督者に当たるかどうかという論点は別にありますが、それは労働時間の扱いの話であって、労働条件を明示する場面とは切り分けて考えます。

逆に、登記されている取締役であっても、実態が労働者に近ければ労働関係の法令が及ぶことがあります。判断に迷うのは、ほぼ例外なく「肩書きと実態がずれている」ケースです。自社がそれに当たりそうなら、書類を作る前に社会保険労務士に実態を見てもらうと、後戻りが少なくて済みます。

役員でそろえる書類|就任から報酬決定までの順番

役員について実際に手元に置いておきたいのは、次の書類です。まず、役員を選任した株主総会議事録。次に、選ばれた本人が就任を承諾したことを示す就任承諾書。この二つは登記の場面でも使われる、いわば土台の書類です。設立時であれば、定款と設立時の決議書類がこれに当たります。

続いて、役員報酬に関する書類です。役員報酬は、定款に定めがなければ株主総会の決議で決めるのが基本とされています。総額を株主総会で決め、各人への配分は取締役会や取締役の協議で決める、という流れを取る会社も多くあります。いずれの形を取るにしても、「いつ、どの機関が、いくらと決めたか」を議事録として残しておくことが大切です。役員報酬の税務上の取り扱いは決め方やタイミングと結びつくため、支給を始める前に顧問の税理士に確認しておくと安心です。

さらに任意で、役員委任契約書や役員規程を作る会社もあります。担当職務の範囲、競業や秘密保持、退任時の取り扱いなどをあらかじめ文章にしておくもので、共同創業や社外からの招へいがある場合には特に役立ちます。ひとり社長の会社でも、株主総会議事録と就任承諾書、報酬決定の議事録の三点は、ファイルにまとめておきましょう。

使用人兼務役員はどうする|雇用契約書と労働条件通知書の整え方

営業部長を務めながら取締役でもある、といった立場が使用人兼務役員です。このケースは、委任の部分と雇用の部分が同じ人の中に併存しているため、書類も二層で考えます。役員としては株主総会議事録・就任承諾書・役員報酬の決議、従業員としては雇用契約書または労働条件通知書、という組み立てです。

ポイントは、二つの立場を書面上で分けて書くことです。従業員としての職務内容・労働時間・賃金額を労働条件通知書に明示し、役員報酬はそれとは別に議事録で定める。給与明細でも、使用人分の給与と役員報酬を区分して表示しておくと、後から見返したときに整合が取れます。区分の仕方や税務上の扱いには細かい考え方があるため、給与計算の設計段階で税理士に相談しておくと手戻りが減ります。

なお、代表取締役や、株式の保有状況などから経営に強い影響力を持つとみられる人は、使用人兼務役員として扱われないと整理されることがあります。「部長を兼ねている」という事実だけで自動的に決まるわけではない、という点は押さえておきましょう。

雇用契約書と業務委託契約書はどう使い分ける?

役員の書類を整える流れで、外部に仕事を頼むときの契約についても迷いが出やすいところです。判断の順番はシンプルで、まず「働き方を会社が決めるかどうか」を見ます。仕事の進め方や時間・場所を会社が指示し、断る自由が実質的にないなら雇用に近い関係です。逆に、成果物や役務の内容を約束し、進め方は相手の裁量に委ねられているなら業務委託の形になります。

次に見るのが、代わりの人でもよいか、道具や経費を誰が負担するか、報酬が時間に応じて決まるか成果に応じて決まるか、といった点です。これらを総合して判断されるため、契約書のタイトルを「業務委託契約書」にしても、実態が指揮命令下の労働であれば労働者として扱われることがあります。契約書は実態を写す鏡であって、実態を変える道具ではない、と考えてください。

役員が自社と別に業務委託契約を結ぶ、という設計を検討する場面もありますが、役員の職務との切り分けや報酬の扱いが論点になりやすい領域です。この形を取るかどうかを社内だけで決めず、税理士や弁護士に、契約書案の段階で目を通してもらうことをおすすめします。

社会保険・雇用保険はどう変わる?届出の考え方

役員でも、法人から報酬を受けて業務に従事している場合は、健康保険・厚生年金保険の被保険者として扱われるのが一般的です。ひとり社長の会社でも、報酬が発生するなら加入手続きの対象になり得ます。設立後に報酬の額を決めたら、年金事務所への届出をセットで進めましょう。

一方、労働保険は考え方が異なります。労災保険と雇用保険は労働者を対象とする制度のため、役員は原則として対象外とされています。ただし使用人兼務役員は、従業員としての部分について雇用保険の被保険者と認められることがあり、その際はハローワークに兼務役員としての実態を示す書類を提出して確認を受ける流れになります。求められる書類は、労働条件通知書や議事録、組織図、賃金台帳などの写しが中心です。

どの手続きがいつまでに必要かは、会社の状況によって変わります。最新の様式や提出先、添付書類は、日本年金機構・厚生労働省・ハローワークの公式資料で確認してください。判断に迷ったら、手続きを出す前に社会保険労務士に相談すると、修正の手間を避けられます。

今日から進めるなら|この順にそろえる

まだ何も手元にない状態なら、次の順で進めます。第一に、役員の選任と就任承諾に関する書類がそろっているかを確認する。第二に、役員報酬をいつ・どの機関で・いくらと決めたか、議事録として残っているかを見る。第三に、従業員としての立場を兼ねる人がいるなら、その人の労働条件通知書を作り、役員報酬と給与を区分する。ここまでで、基本の形は整います。

そのうえで、共同創業者がいる、社外から役員を招く、退任時の取り扱いを決めておきたい、といった事情があれば、役員委任契約書や役員規程の作成を検討します。書類は増やせばよいものではなく、自社の実態に合っているかどうかが大切です。

役員の契約関係は、会社法・税務・労務が交差する領域です。登記や機関設計は司法書士、役員報酬の決め方や税務上の取り扱いは税理士、使用人兼務役員の労務管理や社会保険の届出は社会保険労務士、契約書の条項や紛争リスクは弁護士、と相談先を分けて考えると話が早く進みます。自社の状況を書き出したうえで、早い段階で専門家に確認しておきましょう。

よくある質問

ひとり社長の会社でも、自分と雇用契約書を結ぶ必要がありますか。

取締役である社長と会社の関係は委任と整理されるのが一般的で、自分自身と雇用契約書を結ぶ形は通常取りません。代わりに、選任と就任承諾に関する書類、役員報酬を決めた株主総会議事録を残しておきましょう。社会保険の加入や報酬の決め方については、年金事務所や税理士に確認することをおすすめします。

取締役に労働条件通知書を渡してしまいました。問題になりますか。

労働条件通知書は労働者に対して交付するものなので、役員に渡すと雇用関係を前提とした書類が残ることになります。直ちに何かが起きるわけではありませんが、実態と食い違うなら、書類の整理の仕方を見直したほうがよい場面です。どう整えるかは、社会保険労務士に実態を伝えたうえで相談してください。

部長を兼ねる取締役は、雇用契約書と役員の書類のどちらを作ればよいですか。

使用人兼務役員に当たる場合は、両方をそろえるのが基本の形です。従業員としての職務・労働時間・賃金は労働条件通知書などで明示し、役員報酬は株主総会などの決議として別に記録します。給与明細でも両者を区分しておくと、社会保険や税務の確認がしやすくなります。

役員に業務委託契約書を使うのはどうでしょうか。

役員としての職務と、委託する業務の切り分けが難しく、報酬の扱いも論点になりやすい領域です。契約書のタイトルではなく実態で判断されるため、社内だけで形を決めるのは避けたほうが安全です。契約書案の段階で、税理士や弁護士に確認してもらうことをおすすめします。

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