法人成りで契約を引き継ぐ手続き|再締結・覚書と賃貸の名義変更
法人成りでいちばん見落とされやすいのが、個人名義で結んだままの契約です。会社を設立しても、契約の相手は自動的に法人へ切り替わりません。取引先との基本契約、事務所の賃貸借、リースやサブスク、それぞれに「誰と誰の契約か」を整え直す作業が必要になります。この記事では、再締結と覚書の使い分け、賃貸の名義変更、着手の順番を整理します。
この記事の結論
- 会社を設立しても個人名義の契約は自動で法人に移らないため、相手方の同意を得て再締結するか、契約上の地位の移転を覚書で確認する必要があります。
- 契約書を一から作り直す余裕がない場合は、当事者を個人から法人へ変更する旨の覚書を交わし、効力発生日を明記する方法が使われます。
- 事務所や店舗の賃貸借を法人名義にするには貸主の承諾が前提で、名義変更ではなく新たな契約の締結や連帯保証人の見直しを求められることがあります。
法人成りしても、個人名義の契約は自動で引き継がれるのか
引き継がれません。会社を設立するという行為は、個人事業主という別の人格から法人という新しい人格が生まれることを意味します。個人事業を廃業して法人を立ち上げても、これまでの契約の当事者はあくまで「個人としてのあなた」のままです。相手方の同意なく契約の当事者を入れ替えることは、原則としてできないと考えられています。
そのまま放置すると、請求書は法人名なのに契約書は個人名、といったねじれが起きます。入金先や源泉徴収の扱い、消費税の取り扱いなどで相手方の経理と食い違い、支払いが止まるといったトラブルにつながることもあります。税務上どちらの所得として扱われるかという論点にも関わるため、早めに整理しておくと安心です。
やるべきことは大きく三つです。①契約を法人名義に切り替える、②切り替えられないものは個人名義のまま残す判断をする、③どちらにするか決めたうえで相手方に通知する。この順番で考えると、抜けが減ります。
再締結と覚書、どちらを選ぶ?判断の順番
まず見るのは「契約内容そのものを変えたいかどうか」です。法人成りを機に、単価や支払サイト、業務範囲、契約期間を見直したいなら、契約書を新たに作り直す再締結が向いています。相手方にとっても条件交渉のタイミングになるため、話を通しやすい面があります。
次に見るのは「契約の残り期間と分量」です。当事者名以外は今の内容のままでよく、対象となる契約が多い場合は、覚書のほうが現実的です。覚書では、対象となる原契約(契約名・締結日)を特定し、契約当事者を個人から法人へ変更すること、変更の効力が生じる日、原契約のその他の条項はそのまま有効であること、を記載するのが一般的です。契約上の地位の移転として、譲渡人(個人)・譲受人(法人)・相手方の三者で取り交わす形が取られることもあります。
迷ったら、金額が大きい契約・長期の契約・独占的な取引がある契約から再締結を検討し、それ以外は覚書で揃える、という切り分けが扱いやすい方法です。なお、相手方が大企業や官公庁の場合は、先方の所定フォーマットでの手続きを求められることが多いため、まず窓口に確認するのが近道です。
契約の種類別に、何をどう移すか
継続的な業務委託・取引基本契約は、覚書または再締結で対応します。相手方によっては、法人の登記事項証明書や印鑑証明書、法人口座の情報、インボイス制度の登録番号の提出を求められます。登録番号は個人と法人で別のものになるため、切り替え時期を先方の経理に伝えておくと請求処理が滞りにくくなります。制度上の細かな要件は国税庁の資料も併せて確認してください。
リース契約・割賦契約・各種サブスクリプションは、譲渡や名義変更が契約で制限されていることがあります。契約書の「譲渡禁止」「名義変更」の条項を先に読み、提供元に手続き方法を問い合わせてください。審査を伴う場合は、解約して法人名で契約し直す案内になることもあります。
車両・什器・在庫など、個人事業で使っていた資産を会社に移す場合は、売買契約書や譲渡契約書を作り、対象物・数量・価額・引渡日を記載して残します。価額の考え方や消費税・所得税の扱いは事案によって異なり、思わぬ課税関係が生じることがありますので、金額を決める前に税理士にご確認ください。
銀行口座、クレジットカード、電話回線、電気・ガス、ドメインやクラウドサービスのアカウントも、個人名義のままだと経費処理が煩雑になります。一覧にして、法人名義に変えるもの・個人のまま残すもの(役員からの借入や自宅按分など)を仕分けておくと整理しやすくなります。
事務所・店舗の賃貸借契約を法人名義にするには
賃貸借契約は、貸主の承諾が出発点です。借主を個人から法人へ変えることは、貸主から見れば審査対象が変わることを意味します。まず管理会社または貸主に「法人成りしたので借主を法人に変更したい」と連絡し、どの手続きになるかを確認してください。
実務では、①覚書で借主の名義を変更する、②いったん解約して法人名義で新規契約を結び直す、のいずれかになることが多いです。②の場合は、新たな契約の締結に伴う費用や、敷金の預け替え、代表者個人を連帯保証人とする条件、保証会社の再審査が発生することがあります。費用の有無や金額は物件ごとに異なるため、事前に見積もりを出してもらってください。
用意する書類は、法人の登記事項証明書、法人の印鑑証明書、定款の写し、直近の決算書(設立直後なら事業計画や個人時代の確定申告書)、代表者の本人確認書類などが一般的です。自宅兼事務所で、自宅の賃貸借契約が居住用の場合は、法人登記や事業利用が契約上認められているかの確認が先になります。無断で進めると契約違反を問われることがあるため、必ず貸主側と話を通してから進めてください。
いつ、どの順番で動くか|切り替えの進め方
設立登記が完了し、登記事項証明書と法人の印鑑証明書が取得できた時点が実質的なスタートです。まず全契約の棚卸しをします。契約書ファイル、通帳の引き落とし明細、クレジットカードの利用明細を突き合わせると、忘れていた定期契約が出てきます。一覧には「相手方・契約名・締結日・更新日・年間の取引規模・譲渡禁止条項の有無」を書き込みます。
次に優先順位をつけます。売上に直結する取引先、事務所の賃貸借、決済まわり(口座・カード・決済代行)を先に。次いでリースや通信、最後に少額のサブスクという順が現実的です。効力発生日は、法人としての事業開始日や期首に揃えると、会計処理が分かりやすくなります。
相手方への連絡は、法人成りの通知文を出したうえで、必要書類と希望する切替日を添えると話が早く進みます。合意できたら、覚書や新契約書を製本し、原契約とセットで保管します。電子で取り交わした契約は、電子データのまま保存が求められる場面があるため、保存方法の考え方は国税庁の電子帳簿保存法の資料も確認しておくと安心です。
切り替えが終わったら、請求書のひな形、見積書、ウェブサイトの特定商取引法表記、名刺、口座振替の依頼先も法人名義に更新します。ここまでやって、ようやく「移行が終わった」と言える状態です。
迷ったら誰に相談するか
契約書の作り方そのもので迷ったとき、相手方から不利に見える条項を提示されたとき、譲渡禁止条項の解釈が分からないときは、弁護士にご相談ください。取引先が多く、ひな形を整備したい場合も相談の価値があります。
資産の移転価額、個人事業の廃業と法人設立をまたぐ期間の売上・経費の帰属、消費税やインボイス登録の切り替え時期については、税理士にご確認ください。ここは判断を誤ると後から修正が難しくなる部分です。設立登記や本店移転などの登記手続きは司法書士、従業員を引き継ぐ場合の雇用契約や社会保険の手続きは社会保険労務士が相談先になります。
相談するときは、先ほどの契約一覧と、主要な契約書のコピー、希望する切替日を持参すると話が早く進みます。自分で判断できる部分と専門家に任せる部分を分けておくと、費用も時間も抑えやすくなります。
よくある質問
法人成りしたら、契約書はすべて作り直す必要がありますか。
必ずしも作り直す必要はなく、当事者を個人から法人へ変更する覚書で対応する方法もあります。金額が大きい契約や条件を見直したい契約は再締結、内容をそのまま引き継ぐ契約は覚書、という切り分けが実務ではよく取られます。相手方が所定の様式を持っている場合はそれに従うのが確実です。
取引先に何も言わずに請求書だけ法人名にしてもよいですか。
契約当事者と請求名義が食い違うため、先方の経理で処理できず支払いが遅れることがあります。税務上どちらの所得として扱われるかという論点にも関わりますので、先に法人成りの通知と契約の切り替えを行ってください。判断に迷う場合は税理士にご確認ください。
事務所の賃貸借を法人名義に変えると、費用はかかりますか。
貸主や管理会社の方針によって、覚書だけで済む場合と、契約を結び直して費用が発生する場合があります。金額や条件は物件ごとに異なるため、手続きの前に管理会社へ見積もりと必要書類を確認してください。保証会社の再審査や代表者の連帯保証を求められることもあります。
自宅兼事務所の場合、賃貸契約はどうすればよいですか。
まず現在の契約で事業利用や法人登記が認められているかを確認し、貸主に相談するところから始めます。認められる場合でも、法人名義に変えるのか、個人契約のまま法人へ転貸や社宅扱いとするのかで税務の扱いが変わります。経費の按分や社宅の要件は個別性が高いため、税理士にご確認ください。